今日の長門有希SS
俺は読書をする長門の横に座り、特にすることも無いのでぼんやりとしている。こうして何をするわけでもなくただ一緒に過ごすのは嫌いではなく、むしろどちらかというと俺はこのような時間を好んでいる。
しかしながら、退屈であるのは事実である。長門の読んでいる本をのぞき込もうかと思ったが、どうせ読んでいるのは俺には難しすぎる本だと判断し、それすらしないでただ長門の横にいるだけだ。
何か暇をつぶせるものがないかと部室を見回す。暇つぶしに何か一人で出来るゲームでもやろうかと思ったが、そこまで行くのが億劫になってしまった。今この場で退屈を凌ぎたいのなら長門に話しかければ解決するような気もするのだが、読書の邪魔をするのもなんとなく気が引けてしまう。
そんな回転の鈍い頭でどうしたものかと開け放たれていたドアをぼんやりと見ていると、
「ん?」
ウサギが通った。
いや、ウサギと言っても動物のウサギではなく、バニーガールの事だ。確かに今、白い小柄なバニーガールが、ドアの外を横切った。
SOS団にとって、バニーガールの扮装はそれほど珍しいことではない。バニーガールがトコトコと駆けていくのを見ていた時は、そんなにおかしな事だとも俺は思わなかった。
「な――」
しかし、そのバニーガールの事をしばらく考えていて、俺は思わず椅子から飛び上がった。そいつのバニーガールの恰好を見た事は……いや、そんな事はどうでもいい。それよりも、その人物は。
「長門?」
いつの間にか立ち上がっていた俺は、急いで部室から飛び出した。もちろん、長門らしきバニーガールを追うためであり、廊下に出た俺はギリギリのところでそのバニーガールが他のドアの中に飛び込むのを見た。
それは俺達の部室のお隣さん。コンピューター研究部の部室。
長門は一体、ここにどんな用事があるのだろうか。いや、普段通りならそれほど驚かなかったかも知れないが、長門の恰好はバニーガールだったのだ。
それが意味することは……いや、さっぱりわからん。俺にとって、長門のバニーガール姿が他人の目に触れることは阻止しなければならないし、もし仮にコンピ研の誰かが長門にバニーガールの恰好を強要したのなら……一発くらい殴ってもいいよな?
ともかく、この向こうにバニーガール姿の長門がいる。俺は一瞬躊躇してから、ドアを開けてその中に飛び込み――
「え?」
落ちた。
なんと、コンピ研の部室には、床が無かった。ドアを開けたらぽっかりと巨大な穴で、俺はそこに飲み込まれてしまったわけだ。
廊下に戻る余裕など無かった。なぜなら、バニーガール姿の長門を少しでも他の奴の目から遠ざけようという意気込みが、俺をこの部室に飛び込ませたからである。
そんなわけで、俺は真っ暗な空間をひたすら落ちていた。下を見ても何も見えない。どこまで落ちるのかとゾッとする。
早く地面に到達して欲しいと思う反面、そこに衝突して細切れになる自分を想像すると、このままずっと底に到達したくないとも思う。
自由落下に身を任せていると不思議な感覚だ。落ちているはずなのに、なんとなく宙に浮いているような不思議な感覚。鳩尾のあたりに妙な感覚があるが、慣れてしまえばどうってことはない。
そう言えば、こんな風に自由落下を楽しめるアトラクションが遊園地にあったような気がするな。
自由落下にも慣れて辺りを見回す余裕も出来た。壁にはパソコンの使用方法などの張り紙も貼られていたが、敷き詰めるように本棚がある。試しに俺がそこから一冊を手に取ると、長門から借りた覚えのあるSF小説だった。かなり分厚く、仮に誰かに衝突すると怪我をさせたり死なせてしまう恐れもあるので、俺はその本をそっと本棚に戻す。
しかし、こんな風に冷静にしていられるのは、やはり俺は妙な事に慣れてしまったからだろうか。しかしながら、今回は今までの中でもとびきり奇妙な状況であるのは確かであり、そう考えると今後何かが起きてもあまり動揺しないでいられるんじゃないかと思ったりもする。
「いつまで落ちるんだろうな」
いい加減、落ちる事にも飽きて来た。このまま落ちていれば、いつか地球を突き抜けて南米の沖合あたり到達するんじゃないだろうかね。
なんて事を考えていると、ズシンと衝撃。柔らかいような固いようなものに衝突した。
どうやらそれは、積み上げられた本のページ。本体から切り離された紙の山。
怪我はない。どうやらその紙の山が、衝撃をすっかり殺してくれたらしい。
「んなアホな」
だが、事実としてそうなのだから仕方がない。長門のようなバニーガールを追って入ったコンピ研の部室には床が無くて、そして紙の束が俺を救ってくれた。
「やれやれ」
あまりの無茶な出来事に頭を抱える。どうやらまた、妙なことになっているんだろうな……