今日の長門有希SS

 長門と一緒にブラブラと商店街を歩く。ふと気になるものを見付けても、今それを買うわけにはいかないので、覚えておいて後から買いに来るしかない。
 なぜかと言うと、今現在は恒例の不思議探険パトロールの真っ最中であり、昼になったらまた合流しなければならないからだ。もし買い物でもしようものならハルヒにどう言われるかわかったものではなく、そんな無謀な冒険をするほど俺は馬鹿ではない。
 そろそろ来るだろうなと思っていたところで電話が鳴る。ディスプレイを見るまでも無くその相手はハルヒで、用件を聞くまでもなく――
「十分で戻って来なさい」
 ほらな。
「……」
 長門は俺の方をじっと見上げている。そして、手に何かが触れた。
「走った方がいい」
「そうだな」
 その手を握り返し、ハルヒの機嫌を損ねないように走り出した。


 いつもの喫茶店に到着したところで俺は意外な人物を発見する事になる。
「やあ、お邪魔してるよっ」
 ハルヒ達に混じって鶴屋さんが座っていた。いつものようにニコニコと屈託のない笑みを浮かべていらっしゃる。
「今日は街をお散歩していたらハルにゃんに捕まっちゃったのさっ」
 散歩、というのがなんとなく鶴屋さんらしい。わざわざ付き合ってくれているということは特に予定がなかったのだろう。
「午後は三グループ作って捜索よ」
 水の入ったグラスをあおりテーブルにカツンと音を鳴らしてハルヒが言った。
「グループが一個増えるから確率も五割増し、それにメンバーも普段と違うから、なんとなく不思議なものが見付けられそうじゃない?」
 いや、どうだろうな。
 チラリと周囲を見回すと、ニコニコと笑っている鶴屋さん以外は皆微妙な表情をしていた。長門は普段通りだが、朝比奈さんや古泉はなんとなく苦笑気味だ。
「なによ、ノリ悪いわね」
 ハルヒは到着したメロンソーダのストローを口にくわえ、炭酸で発生する以上にぶくぶくと泡を出している。行儀が悪い。
 古泉や朝比奈さんにとっては不思議なものがあってしまうと困るのだ。それに、不思議なものをハルヒが気付かないように処理したり、ハルヒがその存在に気付いてもそれが不思議なものではないと思いこませるように動いてる者だっている。
「クジ作るわ」
 唇を尖らせたまま、ハルヒはいつものようにテーブルの上に立ててある爪楊枝を引っこ抜いて印を付ける。毎度毎度、本来の用途ではない方法でここの爪楊枝を浪費している気がする。店にも迷惑がかかっているよな、しかし。


 さて、飯も終わってグループごとに分かれる。
「さ、行きましょ!」
 そう言ってハルヒは、長門の手を掴んでずんずんと歩いていく。
「……」
 振り返って俺を無言で見つめたままその顔が徐々に小さくなっていく。
 まあ、その、頑張れよ。
「それでは我々も行って参ります」
「それじゃあ、また後で」
 ヒラヒラと手を振って朝比奈さんが古泉と共に歩いていく。
「さてっ、どうしよっかね」
 残されたのは俺と鶴屋さんだ。
「何か不思議なものがありそうな場所に心当たりとかありますか?」
「んーっ?」
 おでこに指を当てて考えてから、
「あるけど、いいのかいっ?」
 ニヤニヤと笑いながら聞いてくる。どうやら、わかっていらっしゃるようだ。
「出来れば別の場所に」
「ははっ、そうさね。キョンくんをあそこに連れて行くには許可取らなきゃいけなくてめんどくさいから、出来れば他人を連れて行きたくないのさっ」
 それが一体どこなのか気になるような、聞いちゃいけないような。
「ま、公園でも行ってごろごろしよっ」
 鶴屋さんに引っ張られて走り出す。
 あまりにも自然に手を握られていたので気が付かなかった。俺の斜め前を走る鶴屋さんの顔は髪で隠れて見えないが、恐らく、いつも通りニコニコとしているのだろう。この人は、生まれた瞬間から産声の代わりに大笑いをしたのではないかと思うほどだ。


 ちなみに、公園に到着すると本当に鶴屋さんはベンチの上でごろりと横になって、集合時間までうたた寝をしていた。猫のようなお人だと俺は思った。