今日の長門有希SS

 うまいソバを食いたいと言い出したハルヒに連れられ、俺達は高校から少々離れたところにある手打ちソバの店にやって来た。
「ここ、ソバもいいけどてんぷらが美味しいらしいのよ」
 お前はうまいソバが食いたいんじゃなかったのか。
 ともかく、今回はハルヒの希望でここに食いに来たこともあり、伝票が俺に回ってくるような理不尽な事も無い。高校生的には少々高い値段の店だが、その点では安心することが出来る。
 正直、ここの金額で五人分を払うと大変だ。どれくらい大変かと言うと、第三者が俺を「ひも」と呼ぶ事になるくらいだ。
 好きなのを選びなさいとハルヒが言うが、てんぷらがうまいと言われてそれ以外のものを頼むのは少々気が引ける。
「あのぅ、だましそばってなんですか?」
「それはですね、いわゆるたぬきそばの事でして――」
 朝比奈さんの質問に対し、古泉がいつものように解説を始める。どうしてたぬきそばをだましそばと呼ぶようになったのか、はたまたすり鉢が食品関係者の間ではあたり鉢と呼ばれる事があるとか、何やら無関係なことにも飛び火しつつ解説をする。
 うんうんと納得して聞き入っている朝比奈さんを後目に、メニューを開いたままじっと眺めている長門に目を向ける。
「……」
 こうしていると、どことなく教室で読書をしているときのようだ。まあ、持っているものは本でなくメニューなのだが。
長門、何か食いたいものはないか?」
「てんぷら定食」
 定食かよ。
「せっかくソバ屋に来たんだから、ソバの方がいいんじゃないのか?」
「じゃあ、それとざるソバ」
「そうか」
 二人前にはなるが、長門なら問題なく食い切るのがわかっている。気にしなくてもいいだろう。
キョン、あんたはもう決まったの?」
「いや」
 他人の事を気にしていてまだだった。俺は慌ててメニューを見る。
 結局、俺とハルヒが海老天ソバ、長門が定食にざるソバ、朝比奈さんと古泉がだましソバ。料金を払うのが別々とは言え、俺達と朝比奈さん達のソバは倍ほども値段が違うのでちょっと気になったのだが、
「話を聞いていたら、だましというのを食べてみたくなりました」
 と、朝比奈さん。古泉の方は話しているうちに食いたくなったのだろうか。
「ソバってのは縁起がいい食べ物なのよ、細く長く生きるって……でも、あたしは太く長く生きるわよ!」
 だったらうどんでも食えば良かったじゃないか。つーか飯屋で大声を出すな。
 しばらくして、ドンブリからはみ出るほどの巨大なエビ天がのったソバがやってきた。
「ふぇー」
 朝比奈さんがぽかんと口を開けて見ている。テンプラはじゅうじゅうと音が鳴っていて、いかにも熱そうだ。
キョン、ほら、あーんしてあげるわよ。あーん」
 にやにやと、自分のドンブリから熱々のエビ天を俺の口に入れようとするハルヒ。お前は俺を殺す気か。
「……」
 長門はじっとその光景を見ていたが、俺のドンブリにそっと箸を近づけて――
「頼む、やめてくれ」


 まあ、お遊びはそれくらいで、俺達はそれから普通にソバを食った。考えてみたら不思議探検の時以外にSOS団で外食をするのも久々で、たまにはこんなのも悪くないなと俺は思った。