今日の長門有希SS

 前回のあらすじ


 ああ残酷な三人! こんな時間に
 こんな夢見る天気のもとで
 どんな小さな羽さえもそよがぬ
 弱い息のお話をせがむとは!


キョン、気合い入ってるじゃない」
 朝飯の時に顔を合わせたハルヒが俺を見てそんな事を言ってきた。
 しかし、よくわかるもんだ。なんだかんだ言っても、それなりに団員の事は気にしているって事だろう。
「いい加減オゴポゴを発見してこんなとっからはおさらばしようと思ってな」
「……え?」
 何だ今の間は。何となくダラダラここで過ごしているが、そもそもの目的はオゴポゴだよな?
「そう……そうよね。なんかバカンスを満喫しちゃっていたわ」
 俺自体もここの生活にそれなりに満足していたから、あまり強くは言えないのが切ないところだ。
キョン、よく言ったわ! 団員の鑑よ!」
 褒められているのはわかるのだが、あまり嬉しくはない。何故だろうね。
「総員、今日は気合いを入れて各自の任務に当たるように!」


 とはいえ、気合いを入れるとは言っても、実質的に動いているのは俺と古泉だけである。俺は普段よりも細かく魚群探知機の設定を変更し、古泉は普段よりも速度を上げつつも、紙コップに入れた水がこぼれないくらい安定した状態でボートを動かしている。
「気合いを入れてお茶を淹れました」
 それはギャグなんでしょうか、朝比奈さん。
「違います。さあどうぞ」
 事実、その紅茶は普段以上にうまかった。
「紅茶を美味しく淹れる秘訣は、お湯の温度なんですよ」
 こんな環境でよくそこまでやりましたね。ここにはポットしか無いというのに。
「わたしも気合いを入れて本を読んでいる」
 そう言う長門の本を読むペースは、確かに普段よりは少々速いような気がするのだが……すまん、正直よくわからん。
「速度に差はない。気合いの問題」
 そうか。
 ともかく、団員達はそれぞれ気合いを入れてそれぞれの職務をこなしているようだ。
 ちなみにハルヒはと言うと、
ソリティアって三枚ずつだと難しすぎるのよ!」
 本人が一番気合い入ってねえ。
 いやまあ、俺と古泉以外はどう頑張ってもオゴポゴの発見には直接的に関係ないから別にどうでもいいんだけどな。
キョン、それ何?」
 ハルヒがふらりと立ち上がると、こちらに向かってきた。どうやらパソコンに飽きたらしい。以前にも何度かこんな事があったな。
「また機械の説明をしろってのか? 散々しただろ」
「違うわよ。これよ、これ!」
 と、ハルヒが指差したモニターには、
「なんだこりゃ!」
 思わず大声が出てしまう。
 魚群探知機に、何か巨大な影が映っていたのだ。しかも、ゆっくりと動いているのだ。これは魚の群なんかではあり得ない。間違いなく、何かがいる。
「古泉停めろ!」
 俺の言葉を受け、ボートはドリフトのような動きをしながらその場でくるりと一回転。そして停止。
 駆け寄ってきた古泉と二人がかりで水中カメラを持ち上げ、湖の中に投げ入れる。
キョン、オゴポゴなの?」
 俺にもわからないが、今まで何日も探していたがこんな事は無かった。これは、ひょっとすると……
 魚群探知機や水中カメラの操作法なんかは完全にマスターしている。両方のモニターを確認しながら、見付けた巨大な影を確認するため、手早くカメラを下ろしていく。
 しばらくして、そのポイントにカメラが到達した。
キョン、何もいないじゃない!」
 いや、カメラの向きが悪いだけかも知れない。俺は角度を変えるように操作し――
「な、なにかいますぅ!」
 朝比奈さんがそれを見て絶叫。いつの間にかモニターの前には全員が集まっていたらしい。
 モニターには、真っ黒な巨体が映し出されていた。つるりとして黒光りしており、巨大な鮫という説も嘘ではないのかも知れないと俺は思った。
 しかし、それにしては……少々、つるつるとしすぎていないか?
 発見したそれは、スッとカメラから消えた。
キョン、追いなさい!」
 とは言うが、そう簡単にはいかない。上の方に逃げたように見えるが……
 カメラを上に向けると、再び先程のオゴポゴらしきものが映し出された。カメラより高い位置に移動して、更に上昇を続けているようだ。
 手早く操作し、俺はカメラを水面に向かって移動させるが、オゴポゴらしきものはそれよりも更に急上昇しているようだ。
 このままでは逃げ切られると思ったその時――
 ザバァ!
 突如、ボートの横で水音が聞こえた。カメラのモニターを見ていたので気付いていなかったが、どうやら水面に現れたらしい。
「え?」
 そちらに視線を向けると、そこには明らかに人工物がぷかぷかと浮かんでいた。小型の潜水艦、だろうか?
 俺達が呆気にとられていると、パカリとその上部が開いた。そして……
「やあっ、久しぶりだねっ!」
 鶴屋さんが顔を出した。


「いやー、退屈でねっ!」
 事情を聞くと、鶴屋さんはここに来た理由をそのように簡潔に説明してくださった。鶴屋家の財力ならば、カナダに来るのも、潜水艦程度も買うのもそれほど高くないと言う事か。
「怪紳士に体を売って稼いで買ったのさ……」
 安くはなかったらしい。
「なーんてねっ!」
 ケラケラと笑う鶴屋さんに、俺は呆気にとられた。
「今日からこの潜水艦も仲間に入れてあげて欲しいさっ! 戦力になると思うにょろっ!」
「そうね、確かに生け捕りをするなら、これくらい必要ね。さすが鶴屋さん、あたしの見込んだ準団員よ!」
 何やらハルヒは感激しているようだ。しかし、本気で生け捕りにする気なのか?
 しかしまあ……これは一体、どういう事なんだ長門よ。
「気合いを入れてテコ入れ」
 そうか。