今日の長門有希SS

 休日の朝は起きる時間が遅くなるのが一般的だろう。特に長門の部屋に泊まる時は普段より更に遅くなるのだが、その理由は寝入る時間が普段より遅いからというごく当たり前のものである。いや、テレビもラジオもない長門の部屋では夜更かしをする理由がないため、寝床に入る時間自体は普段の生活に比べるとかなり早いのだが、まあ、眠るまでスキンシップをしているとこうなるわけである。
 猿みたいとはよく言ったもんだね、まったく。
 ともかく、俺達は朝とは言い難い時間に目覚めると、服を身につけて食事の準備をする。時折、朝っぱらからそういった行為になだれ込んでしまう事もあるが、今日はそのような事もなく飯を作る。一度、昼過ぎまで飯を食わずに運動したせいでぶっ倒れそうになったからな。節度ってもんは必要なのさ。
 ともかく、俺達は飯の支度をして遅い食事をする。起き抜けでそれほど食欲が無く、缶のミートソースを温めてゆでたパスタにかけて食った。
 そんな感じで長門と二人でのんびりと食事をしてから、なんとなく買い物ついでに散歩でもしようかと部屋を出て、
「あ」
 こちらに向かって歩いてくる朝倉と目が合った。その隣には、喜緑さんのにこやかな笑顔。
 何の用かとチラリと下に目をやると、朝倉はいかにもケーキの入っているような箱を片手に持っていた。
「一緒に食べようと思ったんだけど……」
 困ったような表情だ。お土産を持って訪ねようとした相手が外出するところに出くわしたんだから、まあ仕方はないのだが。
 別に部屋に戻れと言われれば戻って食ってもかまわないのだが、それでは朝倉も妙な気分だろう。外出を無理矢理引き留めた気分になって、なんとなく居心地は悪そうだ。喜緑さんはそのへん気にしないような気がするんだけどな。
「……」
 上着をくいっと引っ張られて目をやると、長門は何か言いたそうな顔だ。
 一体、どうした?
「食べたい」
 素直だな、お前は。
「別腹だから大丈夫」
 いや、そう言う問題じゃないんだけどな。
 しかし、このまま部屋に戻ると朝倉は気が引けるような気がするし、かと言って食わないという選択肢は長門的にはあり得ないだろう。さて、どうしたものか。
「いい考えがあります」
 そこで、一番まともじゃなさそうな提案をしそうなお方が口を開くから困ったものである。
「どこに行く予定だったんですか?」
「買い物でもしながらブラブラ散歩でもしようかなあ、と」
 長門が隣でコックリコックリと首を縦に振っている。
「では、先に散歩をしましょう」


 と言うわけで、俺達はブラブラと近所の公園にやって来た。大きめのベンチに四人で腰掛け、日光を浴びながら並んでパクパクとエクレアを食べている。休日で家族連れや犬の散歩をしている人のいる中で、いかにも高校生という風体の四人が洋菓子を食っている光景というのは少々シュールかも知れない。
 とりあえず、片手で持って食えるようなものだった事に感謝しよう。フォークやスプーンの必要なものだったらさすがに外で食う気にならないからな。
「ここのエクレアが美味しいのよ」
 などと言いながら、朝倉は満面の笑みで頬張っている。
 まったく、そんな事だから太るんだぞ。
キョンくん、何か言った?」
 いいえ、なんでもありません朝倉さん。
「こうしていると、なんだかピクニックみたいですね」
 確かにピクニックという言葉は屋外で食事をする事なので間違っちゃいないんだが、用法としては少々妙な感じがする。
「では、酒池肉林」
 もっと違います。
 さて、そのようにある意味ではいつも通りの調子で会話をしていると、長門がじっとこちらを見ている事に気が付いた。
「……」
 長門は無言のまま人差し指を俺の顔に近付けると、唇の端から頬にかけてなぞる。
 俺の頬を離れた指には、チョコレートがついていた。顔についてしまっていたってわけか。そのまま歩き回らなくて良かったよ、ありがとな。
 ぽんぽんと頭に手を置くと、長門はチョコの付いた指をぺろりと舐める。
「見せつけてくれますね」
 と、そんな声が聞こえた。奥に座る喜緑さんがニコニコとこちらを見ているが、朝倉は顔を赤くして俯いている。
「こちら側二人が独り身だと言うことを知っていて、そのような狼藉を」
 喜緑さんは、確か交際しているという話があったような……
「あれは財産目当てです」
 そうだったんですか。
「こうなったら、もっとすごい事を見せつけてやりましょう」
 そう言ったかと思うと、喜緑さんは俯いていた朝倉の顔を片手で上に向かせる。
「え? え?」
 わけもわからない様子の朝倉に向かってくすっと笑いかけると、朝倉の頬に付いたチョコレートをぺろりと舐めた。
「……」
「……」
「……」
 沈黙。
「ひ」
 ひ?
「ひゃぁぁぁぁぁぁっ!」
 などとわけの珍妙な奇声を上げ、顔を真っ赤にして硬直した。


 見せつけられた俺はと言うと、百合というのもいいもんだなといらぬ知識を身につけてしまった。