今日の長門有希SS
街をブラブラと買い物したりしながら、好きな異性と一緒に歩く。一般的な高校生にしてみればこれはデートなのだろう。
しかし、手に持った袋に入っているのが今夜の食材であり、会話の議題は今夜何を食うか、だ。俺達にしてみればこれは日常の一コマにすぎない。
倦怠期? いやいや、そんな事はない。うまく説明するのは難しいが、俺達はそういうのとはちょっと違っただけだ。
いや、確かに恋人同士になるって思った時はそりゃ舞い上がったさ。でもな、無理にデートらしい事をしようとして失敗したりして、結局、俺達は自然体が良いってわかっただけだ。
高校一年生の健康な男と、見た目は高校生――いや、中学生にも見えないことはないが、名目上は女子高生である生後三年の女。まだ若い盛りであり、枯れるにゃ早すぎる。だがなんというかだな、無理に公衆の面前でイチャイチャしたりする必要もないってだけだ。バカップルと呼ばれるようなものにはならない、と中学生くらいの時に彼女もいないのに漠然と思ったのさ。
きゅ。
何やら右手に体温を感じる。長門が右手に指を絡めてきて、顔を見上げ、
「手が寒い」
そうだな。ちょっと寒いよな。まあ、手を握るくらいなら別にいいよな。
まだ寒い時期じゃないが、今日はちょっと風がある。確かに風が冷たい。
「寒いのは手だけか?」
軽く腕を引き、長門の体を引き寄せた。こうすれば、風が当たる体の表面積もお互いに少なくなる。
それに、一緒にいると、ちょっと暖かいからな。
「これでいい」
長門も何となくそれに従ったため、俺達はそのまましばらく街を歩く。
「っと」
長門がピタリと足を止めた。いや、止めたわけではなく、少し歩く速度が落ちただけか。
「……」
長門は何かをじっと見ていた。その先にあるのは、ゲームセンターであり、クレーンでぬいぐるみをキャッチして取り出すタイプの大型筐体だ。小学生くらいの女の子数人が囲んでおり、横で見ている子が位置を確認して指示したりしながら、わいわいとやっている。妹よりは幼い感じだ。
「やりたいのか?」
「あれでは少々横に行きすぎている。奥行きを合わせても取ることは出来ない」
どうやら宇宙的なパワーで今あの少女達が狙っているぬいぐるみが取れるかどうか確信してしまったらしい。
案の定、クレーンを動かしていた女の子達から「あー」と落胆の声が漏れた。しばらく名残惜しそうにしてから、女の子達は店の中に入っていった。
「長門、お前なら取れるのか?」
「確認する」
そう言うと、トコトコとその筐体に向かって歩いていく。もちろん、手を握ったままなので俺も自動的にそちらに連れて行かれる。
「……」
しばらくじーっとぬいぐるみを眺め、
「二回必要」
なんだか名人みたいだ。すごいぞ、長門。
さて、こうなるとそのお手並み拝見と行きたいところだ。握っていた手を離し、財布から百円玉を二枚取り出して長門に手渡す。
「荷物は持っていてやるから、見せてくれ」
「……」
コクリと首を縦に振ってから、長門は俺に買い物袋を手渡して百円玉を投入。
間の抜けた音楽が流れる中、長門はクレーンをじっと見たままボタンを押して慎重に移動させる。そして、ぬいぐるみの端を持ち上げ、ぱたんと向きを変えさせる。
これが狙いだったのだろう。さっきの状態じゃ持ち上げられないから、その次で取ることが出来るようにする、と。
そしてもう一枚投入。再び慎重にクレーンを動かし、ぬいぐるみをガッチリとキャッチ。ぬいぐるみがゆっくりと上がって行き、
ぼとり。
クレーンが一番上まで上がって一瞬ガクンと揺れた時、ぬいぐるみはクレーンからするりと抜け落ちてしまった。
「……」
「……」
えーと。
「この機械は実際の操作に対して多少の誤差がある。しかもその誤差は一定ではなく、動作を完全に推測するのは不可能。データが不十分」
まあ確かに、クレーンゲームってけっこう行きすぎたりするよな。
「あと百円必要」
スッと手の平を差し出してくる。
やれやれ、こうなったら見届けてやろう。
「よし、次は頑張れよ」
「頑張る」
結局、ぬいぐるみを取る為に要した金額は五百円だった。