今日の長門有希SS

 金のない高校生にとってハンバーガー屋は時間を潰すにはちょうどいいところであり、店の中はいかにも学生って感じの客ばかりだ。まあ、俺も金のない高校生なので、人のことは言えたものではないのだが。
「……」
 向かいに座る長門は、シェイクのストローに口を付けながら店内をキョロキョロと見回していた。なんだ長門、どうかしたか?
「初めて来たから」
 そう言えば長門とここに来たことは無かったか。昔はもっとハンバーガーが安い時期もあったから、その頃なら千円もあればお前でも食べきれないくらいの量を買えたと思うぞ。
「それは残念」
 言いながら長門はテーブルの真ん中にあるフライドポテトをつまんで口に運ぶ。しばらくモグモグと口を動かしてから、再びストローに口を付ける。
 今回は食事が目的ではないので、俺と長門はそれぞれドリンクを一杯ずつと、ポテトを一つ注文している。
 窓の外を見ると雨の勢いは店に入った時と変わらず強いまま。本当に晴れるんだよな?
「三十分以内」
 長門の言う事なら間違いあるまい。それを信用しているから、強行突破で帰ろうとせずにここで雨が止むのを待っているのだ。
 しばらくぼんやりと窓の外を眺める。長門の言葉を聞かなければ、夜まで降り続けてもおかしくないような雨の強さだ。
 ズズーと低い音が聞こえ、それは徐々に小さくなり、ピタリと止んだ。
「……」
 長門がストローに口を付けたままこちらを見ている。ストローの中は透明で、まるで新品同様に見える。
「無くなった」
 そう言って、俺の顔と、テーブルの真ん中におかれたポテトの間で視線を泳がせている。ポテトはまだ半分以上残っている。
「もう一杯買ってくる」
 長門は財布を持ってレジに向かって行った。まあ、場所を取っておかなきゃならないし、別についていく事はないよな。さっき買う時だって問題は無かったんだ。
 一人テーブルに残され、ぼんやりとポテトをつまむ。天気が悪いと心も沈む。早く帰ってきて欲しいもんだ。
 そんな風にぼーっと待っていると、
「あれ、キョンじゃねーか」
 聞き覚えのある声が聞こえた。そちらを見るまでも無く、その正体がわかる。
「お前も雨宿りか?」
 勝手にどかりと座って、テーブルの上に置いたポテトを勝手に食うのは、言うまでもなく谷口だった。トレイを持っている。
 チラリと目をやると、その後ろには国木田もいた。お前も、と言うことはこの二人も雨宿りが目的なのだろう。
「これからって時だったのによー、雨が降ってきて台無しだぜ」
 谷口は肩を竦めてオーバーな動きをする。いつも古泉がこのようなジェスチャーをするのは見ているが、谷口がやると何やら滑稽に見えるな。不思議なもんだ。
「あはは」
 と、国木田はその後ろで人畜無害そうに苦笑する。まあ、時間があってもナンパは成功しなかった、とか思っているんだろう。付き合わされるこいつも大変だね。
「ところでキョン、一人なの?」
 国木田の問いに俺はドキリとする。そりゃ、疑問に思うよな。
 長門は自分の飲んだカップを持っていったので、今このテーブルにあるのは俺のカップとポテトのみ。まあ、一人と考えるのが無難だろう。
 しまったな、こんなところでこいつらに会うと思っていなかったから、すっかり油断していた。長門が戻って来なければ、どうにか――
「……」
 ひょこっと現れた長門は、谷口や国木田の存在など意に介さず、俺の向かいに座った。
「……」
「……」
「……」
 沈黙。国木田は苦笑して困っている様な表情。谷口は「ヤベエもん見ちまったぜ」と言うような表情。
「ごゆっくり!」
「待て谷口、誤解だ。これには事情があるんだ」
「ふーん、へー、ほー」
 信用しちゃいねぇ。
「これはだな、毎週恒例のパトロールなんだ。パトロールしてたら雨が降って、仕方なく雨宿りを……だから、ハルヒとかに会っても言わないでくれ。サボってるつもりは無いんだが、あいつの事だ、こんな状況でも走り回れと言いかねない。だから、もしハルヒにだけは言わないでくれよ」
「へいへい、わかったよ。キョンは涼宮には弱いからな」
 どうやら納得してくれたようだ。これで一安心。
「……」
 何やら視線を感じる。
「無くなった」
 どうやらポテトを食べ尽くしてしまったらしい。紙バックをひっくり返し、振っている。
「買ってくる」
「夕飯食えなくなるぞ」
「大丈夫。問題ない」
 トコトコと歩いていく。まあ、長門なら大丈夫か。
「ま、それじゃ俺らはあっちの方にいるわ」
 谷口はそう言うと、席を探して奥の方に向かって行った。
「そじゃあね、キョン
 国木田もその後に続いて歩き――いや、ピタリと足を止めて振り返り、
「ところで、キョン達はパトロールの時に買い物するの?」
 そう言ってから、谷口の方に向かって小走りで駆けて行った。
 買い物って……あいつは一体、どういう事だ? 確かに買い物帰りだが……
「あ」
 しばらくして、足下に先程スーパーで買った食料品のぎっしり詰まった買い物袋が置いてあるのに気が付いた。