今日の長門有希SS

「ん?」
 いつものように長門の部屋で飯を食い、お茶なんぞを飲みながらぼんやりと過ごしていると、何となく一瞬暗くなったような気がした。目眩ってわけじゃないよな?
 気のせいかと思って過ごしていると、忘れた頃にまた一瞬だけ暗くなる。
長門、今なんか暗くならなかったか?」
「天井の電気が切れかかっている」
 スッと指差す先にあるのは天井にいくつか設置されている丸い電気。天井に埋め込み式になっており、中に電球か何かが入っているようだ。
「蛍光灯」
 なるほど、点滅するって事は蛍光灯か。しばらくそれを集中してみると、またチカッと一瞬だけ暗くなった。
「替えはあるのか?」
「ない」
 まあ、この部屋を知り尽くしている俺が見ていないくらいだしな。
「今まで切れた時はどうしていたんだ?」
 ここの部屋は天井がけっこう高い。簡単に取り替えられるものではないと思うが。
朝倉涼子が」
 朝倉もそうだが、そもそも長門ならわざわざ買って交換する事はないのだろう。最近の長門は、あまり人間の範疇を超えた事をやらなくなっているが。
「脚立を使って交換した」
「そうか」
 あいつも意外と真っ当な事をやるんだな。
 しかし、替えが無いのは不便だな。一度知ってしまうと、蛍光灯がチカチカするたびに妙に気になってしまう。なんとかならんもんかね。
「大丈夫」
 そう言うと長門は、
「こうすれば気にならない」
 パチリと、壁のスイッチを押して電気を消してしまった。
 これじゃあ、何も見えないんだが……
「今夜は早く寝ればいい」
 暗いので長門がどんな顔をしているのかわからない。俺は自分ではわからないが、恐らく、苦笑しているのだろう。
「早く」
 ともかく、長門の声が少しだけ浮かれているように聞こえたので、俺はやれやれと長門のいるあたりに近付いて行こうとして――テーブルに足の小指を打ち付けた。


 翌日、俺達が長門の部屋に戻ってきたのは昼過ぎだった。
 昨夜はかなり早めに寝室に行ったわりに眠ったのは遅めの時間であり、必然的に起きて飯を食うのも朝とは言い難い時間になっていた。電気の替えはやはり珍しい物らしくいつも行くスーパーには売っていないとのことなので、わざわざショッピングセンターまで自転車で二人乗りで往復して買ってきた。
 まあ、ついでに飯の材料なんかも買ってきたので、一石二鳥ではあるのだが。
 ともかく、戻ってきた俺達は、早速電気を交換する事になった。長門の身長では少々無理があるので、食卓用の椅子に立って天井にドライバーを……いや、全然届かないなこれ。あと数十センチ足りない。
「ここに立てばいい」
 椅子を支えていた長門がぽんぽんと叩いて示すのは、椅子の背もたれの上の部分である。
「大丈夫。支えているから」
 いや……いくらがっちり固定されていたとしても、それは普通の一般人には無理な相談だぞ。
「そう」
 少しだけ残念そうだ。
 さて、困った。この感じだと食卓の上に立っても微妙に届かないだろうし、そもそも食事用のテーブルの上に立つという行為に少々気が引ける。朝倉が持っているという脚立を借りてくるべきなのだろうか……
「椅子から下りて」
 言われるままに床に下りると、持っていたドライバーを取られた。
「屈んで」
 指示通りにその場に屈み込む。一体、何――お?
 首の横からにょきりと長門の足が出てきたと思うと、肩に重みが感じられる。
「立って」
 長門が落ちないように足を抱え、ゆっくりと立ち上がる。
「肩車」
 確かに、俺は長門を肩車するような状態になっていた。これなら届くだろう。
「どっちに行けばいいんだ?」
「……」
 長門が落ちるといけないので上を見る事は出来ないが、長門は無言のまま動かない。
 しばらくその状態が続いてから、
「届かない」
 俺の身長と長門の腰から上を足した高さか……考えてみれば、俺が椅子に乗って作業するのと大差ない気がするな。
「椅子に上がってみて」
 なんだ、お前を肩車したまま椅子に上がれと言うのか? さすがにそんな曲芸師みたいな事は出来ないぞ。
「そう」
 しばらくそのまま沈黙が続くと、
「手を放して」
 そのような指示が出たので、言われるままに俺は掴んでいた長門の手を放す。
 長門は俺の頭に手をあて、もぞもぞと動く。まず右足を引き上げて俺の右肩の上に、そして、次に左足を引き上げて俺の左肩の上に。
「真っ直ぐ立っていて」
 頭を掴んでいた手が離れる。長門がゆっくりと体を起こしているらしい。
 チラリと窓を見ると、直立する俺の肩の上に長門が真っ直ぐ立っている様子がぼんやりと見えた。肩車したまま椅子に上がるより、よっぽど曲芸じみた状態だ。まるで中国の雑伎団のようだ。
「椅子をどかして、その位置に移動して」
 簡単に言うが、こんな不安定な状態でお前が肩に立っているのに、そんな危ない真似は出来ないぞ。
「大丈夫。多少バランスが崩れても落ちることはない」
 まあ、長門がそう言うのなら問題はないか。
 言われた通りに椅子をどかし、その位置に立つと上からカチャカチャと音が聞こえてきた。ちゃんと届いたという事か。
「外れた」
 突如、逆さまの長門の顔が目の前に現れて俺は心臓が止まりそうになった。
 どうやら俺の肩に立った状態で、体を前に倒しているらしい。あんまりびっくりさせないでくれ、心臓に悪い。
「交換用の蛍光灯を」
 買ってきたのは、足下に……って、お前が下りてくれないと取れないんだが。
「大丈夫。あなたが屈む程度ならこの状態でいても問題はない」
 マジか?
 どうやらそれはマジであり、俺は屈み込んで新しい蛍光灯を床から拾って長門に手渡し、古いものは箱に入れる間も長門は俺の肩に立ったままだった。
 再び立ち上がると、キイキイと金属をこする音が聞こえている。蛍光灯をはめている音かとチラリと上を見上げると、
「あ」
 まあ、当然わかっていなきゃならない事だが、俺がこの状態で見上げても作業している様子は隠れて見る事が出来なかった。なぜ見えないかと言うと、俺の視界に入ったのは長門のスカートの内側――つまりは長門の足や下着などで、その向こう側など見えるはずがない。
 バランスを取っている為か、足の筋肉がぴくぴくと小刻みに震えている。長門の持つ超宇宙的なパワーで体を固定しているのかと思ったが、どうやら意外とアナログな事をやっているようだ。
 ふと、イタズラ心が俺の心にわき上がった。
 俺が右肩を少しだけ下げると、長門は右の足をピンと伸ばして左の膝を軽く曲げる。肩を戻すと、その逆の動きをする。うまくバランスを取ってるもんだ。
 片方の肩を後ろに下げると、うまく前後に足を開いて体勢を維持する。
「何をしているの?」
 上からの声に俺はビクリとした。
 しかし、その声には怒っているような感情は含まれておらず、どちらかというと不思議に思っているような感じがした。
「いや、すまん。どこまでバランスを取っていられるかちょっと気になって」
「あなたがどのような動きをしても問題はない」
 何となく、そうまで断言されるとバランスを崩してやりたいと思うのが男の性だ。いや、男とか女とかは関係ないのだが。
 電気の交換自体は終わっているようなので、俺はその言葉が本当か体を前後に揺らしたり、ぐるぐると床を歩いたりして確かめる。
 しかし長門はうまく両足を車のサスペンションのように動かしてその衝撃を吸収し、あくまでも腰から上は動かない。さすがだな、長門よ。
 健闘を讃え、ふくらはぎのあたりをポンと叩く。
 なんとなく、足がピクリと震えた。もしかしてこう言うのは弱いのか?
 そのまま、手を太股の辺りまで上げていくと、
「それは想定外」
 そんな言葉が聞こえたかと思うと、長門の足が目の前に迫ってくる。これってもしや、長門が俺の肩から、落ちた?
 次の瞬間、視界が真っ暗になり、頭にずっしりと重みがかかって、俺は背中から倒れ――
 なぜか頭を打つ事は無かったが、背中から倒れてしまった。まあ、後頭部を打たないように長門がうまくやってくれたんだろう。
 ちなみに長門が俺の上に座った状態であり、視界は全くない。正直、顔の上に乗られるとちょっと重い。


 さて、こういう間の悪い時に現れるのが、例の二人であり、
「こんにちは、お邪魔――しちゃったね」
 いつの間に入ってきたのかしらないが、それは朝倉の声だった。チャイムは鳴らしていたんだろうか。鳴らしていたのだとしたら、気付かなかったんだろう。
「おや、着衣で顔面騎乗ですか。昼からマニアックですね」
 そう言う言い方は止めて下さい、喜緑さん。
 ちなみに長門は、俺がやった事をちょっと怒っているのか、そのまま俺の顔からなかなか下りてくれなかった。