今日の長門有希SS

キョン、アンサー知ってる?」
 ある日の授業中、ハルヒが身を乗り出して話しかけてきた。
 なんだ、今やってるこの問題の答えを知りたいのか? それなら俺に聞くよりお前が考えた方がいいだろう。
「ばか、そのアンサーじゃないわよ」
 だったら何の事だ?
「怪人アンサーよ」
 なんだその、いかにも胡散臭い名前は。
「あんた知らないの? 何でも答えてくれる怪人の事よ」
 ハルヒが授業中にもかかわらずべらべらと説明したそれは、どうやら都市伝説の類らしい。十人で輪になって携帯を鳴らしあう事で呼び出されるその怪人は、どんな質問にでも答えられるが、誰か一人に質問をし、もしその質問に答えられなかった者は携帯から出てきた手に体の一部をもぎ取られてしまうのだとか。
「で……それがなんだってんだ?」
「呼び出して聞きたいのよ」
「一体何をだ?」
「もちろん決まってるじゃない。宇宙人と未来人と異世界人と超能力者がどこにいるのか聞き出すのよ!」
 体の一部を犠牲にしてまで知りたい情報ではないな。異世界人は知らないが、他の三種類ならその怪人とやらに聞かなくても俺は知っているからな。
 と言うより、俺にしてみりゃそっちの怪人アンサーとやらの方が不思議な存在に思えるけどな。
「もちろん怪人アンサーも引っ張り出して一緒に遊ぶわ」
 そうか。俺は人体の一部をもぎ取るような奴とは遊びたいとは思わないけどな。遊びたいなら勝手にしてくれ。
 などと話していると、誰かに肩を叩かれる。一体、誰だ?
 振り返ると、顔をしかめた教師が立っていた。
キョン、しゃべってないで真面目にやりなさいよ」
 ハルヒはしれっとした顔で、教科書を開いている。
 いや……お前のせいだろ?


 そんな話をすっかり忘れて掃除が終わってから部室に向かう。
 ノックをしようとして、なんとなく部室の中がざわついているのが聞こえた。
 いや、まさかな。
 ドアを開けると、そのまさかだった。
「遅かったわよ、キョン。もうだいたい揃ってんだから」
 部室の奥でふんぞり返ってるハルヒはいつも通り。部室の片隅で長門が読書をしているのも、朝比奈さんがメイド服を着て慌ただしくお茶を注いで回っているのもいつも通り。
 いつもと違うのは、お茶を出されている人数だ。
「なあキョン、一体なんだってんだよ?」
 どうやら谷口は訳もわからず連れて来られたらしい。それならば、隣に座ってニコニコしている国木田も同様だろう。
 と言うかだな、俺に聞かれても困るぞ。ハルヒからきちんと説明を受けたわけじゃないからな。ハルヒに聞けばいいだろ、ハルヒに。
 しかし谷口は、俺の言葉に嫌そうに顔をしかめた。そんなに嫌か。
 二人の向かいには鶴屋さんと朝倉が座っている。こちらも説明を受けたのかどうかは疑問だが、動じた様子もない。鶴屋さんは変わったことなら喜んで参加するだろうし、朝倉は動じるようなタマじゃないしな。
 来客が多いせいか、古泉は壁際に立ってニコニコといつものニヤケ顔を浮かべて湯飲みからお茶を飲んでいた。
 しかし、考えてみるとよく人数分のお茶が用意できたもんだな。湯飲みとかそんなにあったのか。
「ちょっと借りてるのよ」
 どこから、とは聞かないでおこう。聞いたら返しに行くのに付き合わされる事になりかねん。
「ま、キョンも来たからそろそろ説明ね」
 ハルヒは椅子から立つと、ズカズカと歩いてきてホワイトボードの前に立つ。
「みんな、怪人アンサーって知ってる?」
 などと先ほど俺にした質問を出す。
「誰か知らないの?」
 ハルヒは見回して答えが返って来ない事に口をとがらせたが、先ほど俺にした説明を繰り返した。
 十人で呼び出す、怪人とやらの説明を。
 って、十人?
「ちょっと待て、ハルヒ。十人なんだよな」
キョン、いいところで邪魔しないでよ。人数がなんだってのよ?」
「ここにいる人数じゃ足りてないんじゃないのか?」
 SOS団は五人。そこに谷口と国木田のコンビ、朝倉と鶴屋さんをあわせても九人にしかならない。
「馬鹿ねえ、誰もこれで全員とは言ってないでしょ?」
 まるでタイミングを見計らったかのようにノックの音が響く。
「どうぞ。開いてるわよ」
 ハルヒが声をかけると、ゆっくりとドアが開いた。
「すいません、遅くなりました」
 そこにいたのは喜緑さんだった。まあ、前に自主的に来ていた事があるが、ハルヒが声をかけるとは珍しい。
「問題ないわよ。どうせやるのはもう少し待ってからだから」
 一体何を待つってんだ?
「夕日よ」
 ハルヒはにやりと笑い、
「黄昏時にやった方がそれっぽいじゃない!」


 別に怪人アンサーとやらを呼ぶ条件に時間は関係ないらしいが、ハルヒの気分オンリーで夕方まで俺達は待機する事になった。俺達は暇つぶしに人生ゲームをやる事になり、SOS団以外の五人全員と俺と古泉を交えた七人という大人数であり、コマが足りなかったので消しゴムなどを利用してやっている。
「それじゃあ、そろそろ良い時間ね」
「ちょっと待て、良いところなんだ」
 最初は暇つぶしだけでしかなかった人生ゲームだが、白熱した戦いになっていた。借金まみれで不遇な人生を送る古泉と、いち早くゴールして鉱山で金を掘っている喜緑さんはさておき、他のメンバーはそれなりにだんご状態だ。
「そんなのまた後でいいでしょ? ほら、見てみなさいよこの空! 逢魔が時ってのはこんな時間の事を言うんだわ」
 確かに良い感じに日が傾いて空がオレンジ色に染まっていた。確かにこれなら何かが起きてもおかしくないな、と思わなくもない。
「さ、それじゃあやるわよ。なんとなく外の方がそれっぽいわよね」
 ハルヒの一方的な宣言により、俺達は人生ゲームを途中で放置して携帯を持って外に向かう。人が少ないとは言え玄関の前ではさすがに目立つので、校舎裏に集まった。
 順番はハルヒの横に俺、そこから長門、朝倉、喜緑さん、鶴屋さん、朝比奈さん、古泉、谷口、国木田……という風に時計回りに並んでいる。
「どうした、谷口?」
 やけに落胆した様子の谷口に声をかけるが、谷口は「ほっとけ」とぼそりと呟いただけだ。
 まあ、古泉からの電話じゃ嬉しくもないか。ひょっとするとここにいる女性陣の誰かの電話番号をゲットできると期待していたのかもしれないが、そうはうまくはいかないもんさ。残念だったな。
「いいわね。あたしが合図をしたら、みんなそれぞれ左の人に電話するのよ」
 アドレス帳から長門の名前を検索。準備はすぐ終わる。
 番号を知らない同士が教えあったりするが、すぐに準備は完了。
「準備いい? それじゃあ、ボタンを押して!」
 言われた通りにボタンを押すと、ディスプレイには呼び出し中の表示。
 しばし沈黙。
「何よ、出ないじゃないの」
 ハルヒが不機嫌そうに携帯をパタンと閉じる。
 そりゃそうだ、そう簡単にそんな怪人が現れてたまるか。携帯を閉じ、戻って人生ゲームの続きでもやるかと思った時、


 聞き覚えのある着信音が響いた。


「来たの!?」
 ハルヒが満面の笑みでキョロキョロと見回している。
 チラリと周囲を見回すと、古泉がいつものニヤけ顔を崩して真顔になっており、朝比奈さんはオロオロとしている。この二人がこういう反応をすると言うことは、まさか、ハルヒのやつは本当に呼び出しちまったのか?
「おっ、こいつは面白そうだねっ! 何を聞こうかなっ?」
 ハルヒの他にこの状況で喜んでいられるのは鶴屋さんだけで、朝倉と喜緑さんは何やら小声でボソボソと話しており、谷口や国木田はぽかんとしている。
 さて、その音の発信源の長門はと言うと、
「……」
 無言でディスプレイを見つめてから、俺にチラリと顔を向けた。
 俺の携帯は、発信中ではない。俺がかけた時には通話中って事になって通じなかったし、それからリダイヤルもしていない。
「もしもし」
 長門はボタンを押し、耳に当てた。
「ええ……そう……」
 長門は電話の相手に何やら相づちを打っている。
「有希、貸して!」
 いても立ってもいられなくなったのか、ハルヒがその携帯を長門からひったくった。
「ちょっと聞きたい事があるのよ! 宇宙人と未来人と異世界人と超能力者の居場所を――え?」
 ハルヒはぽかんと口を開けた。
「え――どうして? 有希の携帯に?」
 ハルヒの視線が、こちらへ。
「妹ちゃんが?」


 ああ、以前にもあった気がするな、こんな事。
 いつの事だったか覚えちゃいないが、あの時は、どう説明したんだっけな。


 それから先は、まあ、しばらく俺がハルヒに追い回される事になった。