今日の長門有希SS

 いつものように退屈な授業が全て終わると、放課後は部室に行くのが恒例となっている。ここのところマンネリ化したライフサイクルではあるが、ハルヒが何かおかしな事を思いつくよりは、平穏な日々が続く方が良いと言えるだろう。
 部室のドアを開けると、そこにはいつも――とは違う光景が展開してる。少なくとも、今のこの光景は、一度も見たことが無いはずだ。
 団長席で偉そうにしているハルヒと、部室の片隅で読書をしている長門は普段通りなのだが、
「お邪魔してるよっ」
 俺の定位置に座っている鶴屋さんが片手を上げてにこりと笑う。まあ、鶴屋さんがここに来るのは珍しい事ではあるが、それほど驚く事ではない。
 問題は、ゲーム盤を挟んで鶴屋さんを向かい合っている相手だ。
「こんにちは。お邪魔しています」
 この部室にいるのを見るのは初めてではないが、鶴屋さんと同時にここに来ているのを見たのは初めてだろう。
「どうして、あなたがここにいるんですか? 喜緑さん」
 その問いに喜緑さんは、
「代理です」
 はて、代理とな?
「違うよっ、みくるの代理は友人代表のこのあたしさっ」
 どうやら朝比奈さんが風邪か用事かで来られないらしい。それで鶴屋さんが来ることはそれほど珍しい事ではないのだが、喜緑さんが来たのは初めてだ。
「クラスメイト代表として来ました」
 そう言えば、今まで失念していたがこのお方は朝比奈さんや鶴屋さんと同じクラスだった。まあ、覚えていたからといってどうと言う事のない情報ではあるが、なんとなく普段の様子が想像できない。
 で、どうして二人でオセロをやっているんですか?
「どちらが正当な代理かを決定しようと思いまして、勝負を」
 盤面を見ると喜緑さんが優勢のようだ。
 まあ、ランダム要素のない完全なる知的なゲームでは、鶴屋さんと言えど喜緑さんには勝てないような気がする。
 しばらく試合を見守ると、予想通り喜緑さんの勝利。
「では、こちらが正式な代理という事でよろしいですね」
「オセロくらいでみくるの代理権はゆずれないよっ! 次は、ええと……」
 鶴屋さんがキョロキョロと部室を見回すが、思いつかないようだ。
 しかし、考えてみると別に朝比奈さんはオセロが強いってわけでもないよな。朝比奈さんが得意なのは……ええと……朝比奈さんは、SOS団の愛らしいマスコットだ。それ以上でもそれ以下でもない。
「そうですね」
 喜緑さんはニコリと微笑みかけてくると、
「どちらがメイドさんとして相応しいか、それで勝負すべきですよね」
 いや、別に俺はそんなつもりで言ったわけじゃないんだが。
「そうね……キョン、あんたにしては名案よ」
 ハルヒが立ち上がり、にやりと笑う。
 困った事に、最も困った奴がそれに興味を持ってしまったらしい。
「二人でメイド服に着替えてもらうわ。それで、よりメイドらしい方がみくるちゃんの公式な代理としてあたしが認めるわ」
 ハルヒはロッカーを開け、何やら紙袋を取り出す。
「こんな事もあろうかと、買っておいたのよ」
 ハルヒが机の上にひろげたのは、色とりどりのメイド服だった。
 待て待て、どんな事があると思ったんだお前は?
「こんな事よ。ほら、本当に必要な事態になったじゃない! あたしの行動に間違いはないのよ」
 まあ、確かにこんな事が起きたな……というか、もしかしたらメイド服を用意したハルヒの願望が、こんな状況を生みだしたんじゃなかろうな?
 チラリと長門を見ると、
「……」
 長門はしばらく俺の顔を見てから、コクリと首を振る。
 ああ、やっぱりそうなのか……
「さ、それじゃ着替えてもらうわよ!」


 そんなわけで、部室の外で着替えが終わるのを待つ。
「で、なんでお前も出てるんだ?」
 ハルヒが俺の横に立っている。普段、朝比奈さんが着替えている時は部室に留まっているよな?
「楽しみは取っておく方がいいじゃない。着替えが終わって完成した姿を見たいのよ」
 まあ、その感覚はわからないでもない。着替える行程を見てしまうと、メイド姿を見ても感覚が少々違うのだろう。裏方ってのは見えない方が良い場合ってのもあるのさ。
「おやおや、これは一体どういう事ですか?」
 普段より少々遅く古泉がやってきた。
 俺が廊下に出ているのはそれなりに見かける光景だが、ハルヒもいるというのは珍しい事だ。
「あら古泉くん、遅かったじゃない。鶴屋さんと喜緑さんがメイド服に着替えてるのよ」
「それはそれは」
 お前はその状況を聞いて不思議に思わないのか?
「想定内です」
 こいつを驚かせるには何をすればいいのだろうか。まあ、別に驚いた顔が見たいってわけじゃないがな。
「そろそろいいよっ」
 ドア越しに鶴屋さんの声が聞こえる。その言葉を聞いて、いかにも待ちわびていたようにハルヒがドアを勢いよく開ける。
「どうにょろ?」
 鶴屋さんがやや控えめにポーズを取る。少し照れくさいのだろうか、顔がほんのりと赤い。
 鶴屋さんが朝比奈さんのメイド服を着たのは以前にも見たことがあるような気がするが、今回は別の衣装だ。黒いシックなメイド服にエプロン。カラフルなのもいいが、こういうのも悪くはない。
「こちらも見てください」
 喜緑さんは、グリーンのチェック模様のメイド服。なんだか、それ、やけに露出度が高くないですか?
「ムラムラしますか?」
 いや、別にそう言うわけでは。
「あんまりデレデレするんじゃないわよ。キョン、あんたはどっちのメイド服が好み?」
 これは難しい。鶴屋さんの正統派メイドは素晴らしいのだが、喜緑さんの露出高めのメイド服も悪くはない。さて、どうしたものか……
 悩んでいると、くいっと上着が引っ張られた。一体、何を――
「似合う?」
 そこにいたのは、ゴスロリメイド服に身を包んだ、長門の姿。
「似合うぞ。うん、最高だ長門
「そう」
 嬉しそうに顔を伏せる。
 ああ、可愛いなこんちくしょう。
キョン、有希がみくるちゃんの代理じゃ、困るんだけど?」
 その声に振り返ると、ニコニコとしているが、目だけは笑っていないハルヒの顔が迫っていた。


 そんなこんなで朝比奈さんの正式な代理は決定しなかったが、二人とも夕方の活動終了まで部室にいたので、結局のところ代理とかそういうのはどうでも良い事になった。