今日の長門有希SS

「今日は真面目にやってたじゃない」
 授業が終わり、腕を伸ばしたり首を回したりしていると、後ろからハルヒの声が聞こえた。
「その言いぐさじゃ、まるで普段は真面目にやってないみたいじゃないか」
「だって、そうでしょ」
 こうもはっきりと言われるとぐうの音も出ない。まあ確かに、小テストが近付いているからちゃんとやっていたのは事実だ。そして、普段はこの時間はうたた寝をしているのが多いのも、真実ではある。
「あんたは普段からちゃんとやってないからテストが近付いて焦るのよ」
 あまり大きな声で言わない方がいいぜ。このクラスにいる大多数の人間を敵に回す事になる。一般的な高校生は、テストの残り日数と勉強に集中する度合いが反比例するもんなのさ。
キョン、もしかして肩凝ってんの?」
 どうやら俺は無意識に首を傾けたりしていたらしい。ハルヒに指摘され、何となく肩が痛いような気がした。下手に気にして余計悪化してしまった。
「いつも怠けてるからそうなんのよ……しょうがないわね」
 ハルヒの手が俺の首にかかる。なんだ、締める気か?
「馬鹿言ってんじゃないわよ。あたしが直々に揉んであげるわ、団員の健康管理も団長の仕事だから感謝するのよ」
 へいへい。ありがとよ。
 自分から言い出しただけあって、ハルヒのマッサージはなかなか上手だ。どんな事でも人並み以上にこなすこいつなら、マッサージ師としても食っていけるんだろうな。
「たく、この程度で凝ってるとか言ってんじゃないわよ。情けないわね」
 口は悪いが、まあ、それは目をつぶっておこう。気持ちが良いのは事実だしな。
「こんなもんでいいでしょ?」
 ハルヒが俺の肩から手を離す。
「なんか、あんたの肩を揉んでたらあたしも肩凝っちゃったわ」
 ふーっとわざとらしくため息。じろりと俺を見ながら、自分の肩をトントンと叩いている。
 なんだ、やって欲しいのか?
「ま、あんたがそこまで言うなら揉ませてあげてもいいわよ。光栄に思いなさい」
 ハルヒくるりと背中を向けた。俺はやるとは言ってないんだが、これで放置したら後でどんな目にあわされるかわかったもんじゃない。選択肢が一個しか存在しないゲームをやってるみたいな気分だ。
 ハルヒの肩に手を載せるとピクリと体が震えた。肩が凝ったとか言っていたが、確かにこりゃガチガチだ。俺よりも凝ってるんじゃないだろうか。
 しかし、こうして触ってみると、いつものエネルギーがどこから出ているのかと疑問に思うほど細い肩だ。やはりこいつも女なんだと認識する。
「もっと強く揉んでもいいわよ」
「ああ」
 とはいえ、あんまり強くやると折れてしまいそうな感じでそれほど力が入らない。いや、長門に比べると十分に頑丈そうな体ではあるのだが、イメージとのギャップが大きかった。普段のハルヒのエネルギッシュさを考えると、こんなに女の子らしい体をしているような感じがしなかった。
 こりゃ……ハルヒに対する見方が変わってしまうな。いや、別にだからどうだって事もないんだが、数日は変に気を遣ってしまうかも知れない。困ったもんだ。
「なかなかうまいじゃない」
 気が付くと、先ほどまで凝り固まっていた肩がほぐれていた。今まで知らなかったが、もしかすると俺にはマッサージの才能があるだろうか。
「もういいか?」
「え? そうね、もういいわ」
 手を離すと、ハルヒはぐるぐると首を回す。
「うん、いいわ。団長専属のマッサージ係に任命してあげてもいいわよ」
 謹んで辞退する。


 その日の昼食の後、
「あなたはマッサージがうまいという噂を耳にした」
 長門はパイプ椅子を並べると、仰向けに寝転がった。
 俺がそれを見てぽかんとしていると、
「早く」
 ややきつめの声が飛んできて、俺は慌てて立ち上がると長門の体に手をかける。
「もっと下」
 やれやれ、果たして俺は五時間目に出られるのだろうかね。