今日の長門有希SS

 普段はどうでも良い時に見かけるくせに、肝心な時に見つからなくなるって物はよくある。たまにしか使わない物ってのは、大体がそんなもんだ。
 普段から管理をきちんとしていれば問題ないのだろうが、人間ってのは楽な方に動くものである。あまり使わないものまで管理できる奴がいたら、目の前に連れてきて欲しいもんだ。
 つまり、どういうことかというと、
キョンくーん、見つかった?」
 他力本願な妹にやれやれとため息。妹よ、前に遠足の後に片付けたのはお前なんだから、お前が見つけだすのが筋なんだぞ。
 水筒をしまうような場所に心当たりなど無いから手当たり次第探す事になる。しかし、どこをひっくり返しても見つかる様子が無く、冷静に周囲を見て、出した物を元通り収納しなければならないと思うと気が滅入る。
 しかし、遠足ね……
「ん?」
 何かを思い出したような気がした。
キョンくん、どうしたの?」
 いや、少しだけ黙ってくれ。何かうまい考えを思いつきそうだ。
 そうだ、確かあの時、水筒からお茶を飲んだよな。いつだったかは思い出せないが、二人で行った公園で。
「ちょっと大きい水筒でもいいか?」
 小学生が遠足に持って行くにはちょっとサイズが大きかったような気もするが、まあ、探しても見つからないから仕方ないよな。
「大きくてもいいけど……キョンくん、自分の水筒持ってるの?」
 いや、水筒なんて俺は持ってないが、心当たりがあるんだ。どうせ使ってないだろうし、言えば貸してくれるだろう。
「ちょっと借りてくる」
「もしかして、有希ちゃんに?」
 やれやれ、妹の勘の良さには頭が下がるな。
「まあ、少し待ってろ」
 妹の頭にぽんと手を置くと、立ち上がって自転車の鍵を取って玄関で電話をかける。
 一応、行く前に連絡くらいは入れた方がいいだろう。
「……」
 数コールの後、電話に出た長門は受話器の向こうで沈黙している。
「前に二人で出かけた時、水筒を使ったよな。あれってまだあるか?」
「ある」
「妹が遠足で必要だから借りたいんだが――」
「有希ちゃーん、遊びに行ってもいいー!?」
 って、人が電話しているのに大声を出したらいけません。それに、もし相手が長門じゃなかったらどうするつもりなんだ?
「いい」
 その「いい」ってのは、水筒の事だよな?
「どっちも」
「ねえー、キョンくーん、有希ちゃんはなんて言ってるのー?」
 ニコニコと見上げる妹を見てため息。
「二人乗りで行くぞ。落ちるなよ」
 妹は更に満面の笑みで、
「うん!」
 と頷いた。


 妹を連れ、マンションに入って長門の部屋に向かう。
「ねえキョンくん」
 エレベーターを下りて廊下を歩いていると、妹が不思議そうに話しかけてくる。
「どうした?」
「マンションに入る時の暗証番号って電話で聞いてたっけ?」
 しまった、いつもの癖でここまで入り込んでしまった。
「メールでな」
「ふうん」
 長門の部屋の前で危うく合い鍵を出しそうになったが、チャイムを押して反応を待つ。
 ドア越しにパタパタと足音が聞こえて、ガチャリとドアが開く。
「よ、長門
「こんにちは、有希ちゃん」
 長門は俺達の顔を交互に見てから、
「チャイムが鳴ったから別の人かと思った」
 いや、そういう発言は控えてくれないか。わざわざ合い鍵を使うのを踏みとどまった意味が無くなる。ほらみろ、妹がニヤニヤしているじゃないか。
「入って」
 妹を連れてリビングに行くと、
「お茶を出すから座って」
 と二人で残される。
「ここが有希ちゃんの部屋かあー」
 殺風景ではあるが、最初の頃よりは家具も増えてましになっている。ちょっと物が少ないだけで、それほど違和感の無いようにはなっているだろう。
 妹はキョロキョロと見回して、
「あの雑誌、キョンくんとお揃いだね」
 お揃いというか、そのものがここに移動しただけなんだけどな。
「お待たせ」
 長門はコタツに座った俺と妹の前にそれぞれ湯飲みを置き、お茶菓子を出してもてなしてくれる。
 しばらくのんびりとしてから、
「で、水筒を貸して欲しいんだが」
 長門は、湯飲みに口を付け、ずずっとすすってから、
「しまった場所を忘れた」


 それから水筒を発見するため、三人で長門の部屋を探すことになった。