今日の長門有希SS

 長門の部屋で過ごしている時に来客が来るのは、既にそれほど珍しい事ではなくなっている。来客というのは主に朝倉の事であり、お菓子やら料理やら手土産を持ってくるのがありがたい。
 朝倉だけでなく、緑色の髪をした一学年上の先輩も一緒にやって来る事もあり、その二人がセットで来た時は、なんとなく長門を取られたような気になって、仲間外れ気分を感じたりもする。
 だが、別に来て欲しくないと言う訳ではない。長門が俺やSOS団以外のメンバーと接しているのを見るのはあまり無い機会で、そんな珍しい長門を見ているのは少しだけ楽しくもある。
 朝倉が持ってきたかき餅をつまむ。お菓子の時は甘い洋菓子を持ってくる事が多い朝倉だが、今日は趣向を変えたということだろうか。
 ぽりぽりと食べて湯飲みを傾ける。長門とペアの湯飲みも持っているが、この二人が来ている時には封印して味も素っ気もない湯飲みを使っている。ペアの湯飲みなんて使っていたら、二人に冷やかされるのがわかっているからな。
 さて、そんなわけでぼんやりと三人の会話を聞いていたが、ふと気になった事があった。
「喜緑さんって、自分の事は何て呼ぶんですか?」
「自分の事……ですか?」
 俺の言っている事がいまいちわからないのか、喜緑さんは不思議そうに首を傾げた。
「いわゆる一人称ってやつですよ。聞いたことが無いような気がしまして」
 長門は主に「わたし」と言っている。一度だけ「あたし」と言ったのを聞いたような気がするのだが、
「……」
 長門は、スッと顔を背けてしまった。それは触れられたくないのかも知れない。
 朝倉も同様に「わたし」がメインで応用的に「あたし」と言う。この点は、さすが自他共に認める長門のバックアップと言ったところだろうか。
「聞いたことありませんでしたっけ?」
 二人と同じように「わたし」と言うような気がする。おっとりとした話し方だし、ハルヒのようにあたしと言うと違和感がある。
 もしかしたら、喜緑さんが自分を何と呼ぶか聞いたことがあるのかも知れないが、なぜか俺の頭に残っていない。なぜだろうね、誰かその理由を知っている奴がいたら教えに来てくれ。ついでに喜緑さんの一人称を教えてくれても助かる。
「そうですね……」
 と、なぜか喜緑さんは唇に指を添えて、視線を宙に泳がせる。
 ……思い出す必要のある事なのか?
 しばらく喜緑さんが沈黙し、長門や朝倉も口を開くのを待っている。
「わらわ」
 あなたは何時代の人ですか。
「以前より、わらわはわらわをわらわと呼んでをりました」
 手の甲で口をかくし、優雅にほほっと笑う。どこから取り出したのか、その手には扇子が握られている。
 絶対、からかってますよね?
「弱りましたね、一存では教えられないんですよ」
 何が困るのか知らないが、喜緑さんは自分の一人称を教えられないらしい。
「ああ、そうだ」
 喜緑さんは、ぽんと手を叩く。
「この言語では教える事は出来ませんが、他の言語なら可能です」
 他の言語?
「ええ、ここで使われている言語ではなく、あなた達が使っていない言語なのですが」
 俺達が使わない言語というのは、宇宙かどこかの言葉だろうか。
 それはそれで興味深い。
「それでいいので、教えてください」
「わかりました」
 喜緑さんは、こほんと咳払いをして、
"I call me I."
 と、流暢な英語で言った。