今日の長門有希SS

 さて、土曜日と言えば恒例のSOS団町内パトロールである。ここのところ存在を忘れていたが、実のところ特に事情がない限り毎週のように開催されており、潤沢でない俺の資産を確実に目減りさせている。
 不思議な事は一向に見つからない不毛な行事であるが、見つかってしまうとそれはそれで問題だ。誰かさんが見ている夢みたいなこの世界は、今のこの状態が一番幸せなのさ。だから小さな変化ならともかく、大きな変化は起きないに限る。
 ともかく、相変わらずの不毛な行事であるが、クジで長門がうまいこと細工しているため俺は長門と組んで行動する事が多い。制限の付いたデートと考えると、また気分も変わるってもんだ。二人だけで過ごしていると、どうもインドアに籠もりがちだしな。
キョン、ぼーっとしてるんじゃないわよ」
 正面に座ったハルヒから、顔の前に爪楊枝で作ったクジが差し出されていた。俺達5人を2グループに分けるためのものであり、まだ誰も引いていないらしい。
 1本引くと、それは印が無かった。午前の部は、俺は3人グループになるらしい。続いて引いた古泉が印付き、長門は印無し。
 朝比奈さんは、俺達をキョロキョロと見回してから、クジに手を伸ばす。ほんの少しだけ場の空気が張りつめたような気がするが、気のせいだろう。
 そして、朝比奈さんが2本の内から片方を引き、


「それじゃ、昼に集合ね」
 ハルヒの指示で一時分断。
「それでは、また」
 古泉がいつものニヤけた笑みで片手を上げる。
「あ、では……」
 その横では、朝比奈さんが俺達に向かって小さく手を振っていた。
 つまり、今回の組み合わせは、
「さ、それじゃ不思議を探しに行くわよ!」
 ノリノリのハルヒが俺の手を引く。やれやれ、相変わらず元気な奴だ。
「……」
 反対の手を長門が掴んできた。結果として、ハルヒが俺を引っ張り、俺が長門を引っ張るという奇妙な状況が形成される。腕が痛い。
 しかし、これは両手に花と言って良い状況なんだろうかね。長門は間違いなく花だ、それは俺が断言しよう。
 だが、ハルヒが花かというと少々問題だ。こいつは、どんな植物にも例える事は出来ないだろう。もし自走し自分から餌を獲るような植物がこの世に存在するとすれば、それに例えてやってもいい。
「そういえば」
 しばらくぶらぶらと歩いてから、ハルヒがピタリと止まった。
 ちなみにこの時点では掴まれていた手は離れており、先頭を歩くハルヒを俺達が追従するという形になっていた。
「ずっと気になっていたのよね、アレ」
 ハルヒが顔を向けた先にあるのは、数台の自動販売機が並んでいる場所だ。
「なんだ? 一ヶ月あたりの儲けでも気になるのか?」
「違うわよ。これよ、これ」
 ハルヒはその中の1台に近づき、ビシッと指差した。それは有名な飲料メーカーの自動販売機が並んでいる中に1つだけ設置されている、聞いたこともないメーカーの自動販売機だった。
 中に並んでいる飲み物も、テレビのCMなどで一度も見たことがないものばかりだ。
「これ、昔からあるじゃない」
 昔から存在を知っていたわけではないが、機械が妙に古ぼけている事からそれは確かだ。中に入っているサンプルも、少し日に焼けて色あせている気がするし、表面のガラスも何となく薄汚い。
「ずっとあるって事は、誰かが買っているって事よね?」
 確かに誰も買わなければ撤去されているはずだ。
 となると、それなりに売れているって事か? いやいや、飲んでいる奴を見たことがない飲み物ばかりだぞ。売れているとは思えない。
「だから、今日はこの自動販売機を調べて見ましょう。ええと、全部で16種類か……」
 待て待て待て待て! 一体、お前は何を考えているんだ?
「1人あたり400円弱だったら、いいわよね?」
 良くない。少し、冷静になってだな――
キョン、あんたはどっかその辺の店のレジで袋を3つもらってきて」
 もうこうなったら、こいつを止める事は出来ない。俺はため息をつき、2千円札が入らなくてキレかかっているハルヒを背に近くのコンビニに走った。


「もう、なんでこんな時に故障するのよ!」
 戻ってくると、ハルヒが口をへの字に曲げてプリプリと怒っていた。
 ハルヒが言うには、金を入れて1本買ったところで自動販売機が止まったとのことだ。幸いお釣りは出てきたため、金銭的な被害は無い。
 ハルヒは買ったジュースを片手に持ち、ガニ股で肩をいからせながら歩いている。後ろ姿を見ても、明らかに不機嫌だ。
 なあ、お前がやったのか?
 チラリと長門を見ると、ほんのわずかアゴを引いた。
「あなたが困っていたから」
 ああ、助かったぞ長門。あんな怪しげな飲み物を16種類も飲まされたら、たまったもんじゃないしな。
「……」
 ハルヒに気付かれぬよう軽く頭を撫でると、長門は嬉しそうに首をすくめた。


 ちなみに、朝比奈さんや古泉と合流してから例の飲み物を開けたが、5人がかりでも全部飲むのが困難だった。