今日の長門有希SS
「あんた、遅かったじゃないの」
少し遅れて部室に到着すると、既に部室の中には全員勢揃いしていた。ハルヒが少しだけ不機嫌そうな顔をしていたが、すぐにパソコンの方に視線を戻した。
いつも通りに古泉がゲーム――今日は軍人将棋だ――をスタンバイしていたが、それをスルーして俺は棚に置いてあったルービックキューブを手に取る。
すまないな古泉、もう少しで完成なんだ。悪いが、悠長に地雷を通路に置いたりなんかして「きたねえぞ」とか言ってる暇は無い。
俺が勝負をする気が無いと知ると、古泉は肩をすくめて苦笑い。部室の中を見回して、
「涼宮さん、勝負しませんか?」
どうやら古泉は、俺が来る前から作り上げた布陣によっぽど自信があるらしい。そうでなければ、ハルヒに勝負を挑む事などないだろう。
「軍人将棋は戦術を学ぶ点に於いても有益な遊戯なのですよ。もし仮にSOS団が悪の組織と戦う事になった場合に備え、一局どうでしょうか。知っていますか? 実は軍人将棋は、かのナポレオンが遠征の際に――」
と、古泉が何やら軍人将棋についての講釈を始める。しばらくしてハルヒはその熱意に打たれたのか、読書を中断させた長門を審判役に据えて勝負することになったようだ。軍人将棋ってのは裏返してやらなければならないから、審判役が必要という難儀なゲームなのである。
「負けたら目でピーナッツを食べてもいいですよ」
どれだけ自信があるんだ古泉は。ハルヒは珍しく好勝負になりそうな予感がするのか、本当に楽しそうな顔をしている。
まあ、それよりも今はルービックキューブだ。解説書の効果はすばらしく、もしかしたら今日中に完成するかも知れない。
しかし、完成の前に特定の形を作るなど、通常では思いつかない。これを自力で揃えようと思っていたが、もし何も見なければ一生かかっても完成させることが出来なかっただろう。途中までは何面揃ったとかで満足していたが、どうもそういうものではないようだ。わざわざ作った面を崩すのは忍びなかったが、完成のためには仕方ない。本を読み込んで良かった。
「キョン、そろそろ帰るわよ」
よっぽど熱中してしまったらしい、気が付くと外が暗くなっていた。
なかなか良いところまで来ていたのだが、明日以降に持ち越しだ。
荷物をまとめて部室の外に出て、古泉と並んで朝比奈さんの着替えを待つ。
「……」
珍しく古泉は口数が少ない。いや、無口だった。
まあ、そんな日もあるんだろう。毎日営業スマイルじゃ疲れるのかも知れないな。
全員で下校する道すがら、ハルヒは、
「ピーナッツってスーパーに売ってるわよね?」
とか言っていた。
さて、その翌日。
掃除当番があったので、部室に到着したのは恐らく一番最後だろう。ハルヒの事だから、当番だっていうのにまた小言を言うのかも知れないなと思いつつ、扉を開けると、
「あらキョン」
立っていたハルヒの手元を見て、俺は硬直した。
「組み立てておいてあげたわよ」
ハルヒの投げたそれは、放物線を描いて俺の手の中に。
6面揃った、ルービックキューブが。
走ったね。
気が付くと、俺は屋上に続く階段にいた。
どこをどう走ったかは記憶にない。だが、別に普通の場所を普通に走ったのだろう。
ふと、何かが近づいてくる気配がした。頭を抱えて、体育座りをしている俺に近づいてくるのは、
「見つけた」
長門だった。
そういえば、以前に長門を探していた時に、俺が長門を見つけたのもここだったな。
「なぜ?」
なぜ部室から去ったかって? そりゃ、あのルービックキューブのせいだな。もう少しで完成だってのに、他の奴に勝手にそれを奪われるというのは並の絶望感じゃない。ここ数日、あれを作るためにどれだけ頑張った事か。
「大丈夫」
と、長門が俺に向かって何かを放り投げる。
受け取ったそれは、先ほどとは違って、少しだけ不揃いで、
「あなたが昨日最後に触れた状態に戻しておいた」
思わず俺は、ルービックキューブを取り落とし、長門を抱きしめていた。
ありがとうよ長門。やっぱりお前は最高だ。
「いい」
と、弱々しい声が聞こえた。
何がいいんだ?
「また、しても」
それは、許可と言うよりも、お願いだった。
くすりと笑ってから、俺は長門の期待通りに唇を重ねた。