今日の長門有希SS
「既視感というのは」
白を置き、間に挟まっていた黒をひっくり返しながら、
「初めて来た場所なのに以前にもそこを訪れたような感覚になったり、初めて体験する出来事を既に体験したようになったりする、そんな感覚の事です」
ああ、知ってるさ。
「デジャヴと言う人もいますが、正確にはデジャヴュと発音します」
と微笑みかけてくる。
俺が黒を置くと、今ひっくり返されたより多くの白が黒になる。
それを見て、俺の正面で「おや」という顔を浮かべて、
「既視感は精神疾患を発症する場合に現れるものですが、正常な人でも統計的におよそ7割の人が体験していると言われています」
脳の機能がどうかしてそういう現象が起きるだけであり、その仕組みはどこか外国の偉い学者が研究している事だからどうだっていい。
もし、自分に既視感が現れたとしても「ああ、そんなもんなんだろう」と思うだけだ。
既視感を未来予知だと言う者もいる。だが、俺は予知夢なんざ信じちゃいない。自称エスパーのニヤけ野郎ならいざ知らず、自他共に認める一般人である俺はそれを感じても単なる気のせいだろうと判断して終わりだ。
でも、あなたにとってそれはどういう意味を持つんでしょうね。
「あなたとしては、未来が見えるって事はあり得ますか?」
白を置こうとしていた手が止まる。
「そうですね」
俺の前に座った未来人は唇に手をあてて、
「禁則事項です」
とウィンクした。
なぜこんな話題になり、こんな状況になっているのかと言うと、全ては俺が発した一言が原因である。
「最近、似たような事ばっかりだな」
そしてその言葉を敏感にかぎつけたのは、例によって我らが団長である。特に意味のないつぶやきだからスルーしてくれれば良かったんだが。
「なによキョン、退屈なの?」
と、ハルヒが不機嫌そうに言った。SOS団はハルヒが作った団であり、俺の発言が文句のように聞こえたのだろうか。
「別に」
放課後、俺達は毎日のように部室でただ時間つぶしをしている。やっている事は日々変わらず、俺と古泉はゲームをして、長門は読書をして、朝比奈さんがお茶を注いでまわり、ハルヒがふんぞり返る。
そんな変わらぬ日常。別に不満はないし、ハルヒがまたおかしな事を言いだしたらそれはそれで困る。
だから、別に他意はなかったのだが、それでは納得しないのがハルヒである。
「それならキョン、良いアイディア出しなさいよ」
さて、困った事になった。古泉は苦笑し、朝比奈さんは困ったような表情を浮かべて俺を見ている。
「……」
長門も本を閉じ、じっと俺を見ている。
「ほら、なんか無いの?」
ああもう、誰か変わってくれよ。
と――
「そうだ、変えてみるか」
「は?」
「アミダでも何でもいい。適当にクジを作ってだな、お互いの立場を交換してみるんだ」
「ふうん」
ハルヒは口をひん曲げ、腕を組む。
「キョンにしてはなかなか面白いアイディアじゃない。今からクジを作るわ!」
そのような経緯で、それぞれのポジションを変える事になったわけである。
「お茶はいかがですか?」
古泉が俺の前に湯飲みを置く。
こいつはお茶汲み担当。本人はメイド服を着ても良いと言ったのだが、気色悪いのでやめさせた。女性陣は興味津々だったようだが、そもそも今回の一件は俺が発案したものなので、ルールも決める事が出来たのが幸いした。
しかしながら、せめてもの抵抗としてレース付きのカチューシャを頭につけている。制服姿にそのアクセサリーは、少々、いやかなり違和感がある。
「なあ古泉、お茶が妙に薄いんだが」
「すいません、葉っぱの量を間違えました」
少しも動じていないところをみると故意にやったものらしい。ドジっ子部分も忠実に再現している。
「……」
ハルヒは無言でタウン誌を読んでいた。チラリと俺達の方を見ては、また仏頂面で本に顔を戻す。
「ハルヒ、長門はそんなに不機嫌そうに本は読まないぞ」
「そう」
と、ハルヒは無理して無表情を作るが、すぐにまた不機嫌そうな顔に戻る。長門ポジションはお気に召さないらしい。
そして、俺の正面に座るのが朝比奈さん。ニコニコと笑みを浮かべ、戦略もへったくれもないオセロをやっている。ゲーム担当。
そしてハルヒ担当になった長門は、早々に部屋から出ていった。それが長門の中のハルヒのイメージって事だろうか。
そして俺は、
「ふう」
ため息をついた。俺だけは今まで通りの役割だった。
そもそもこれは俺が自分の役割を誰かに押しつけたいと思ったからやったというのに、これでは意味がない。
「キョンくん、知っていますか?」
劣勢になりながらも朝比奈さんの表情は笑みのままだ。
「全員が別々の担当になる可能性は、この場合は20%しかないんです。つまり、確率的には一人や二人が元のままの役割でも仕方がないわけですよ」
ゲームだけでなく、解説も担当しているらしい。
しかし、普段と比べて妙に冴えてますね。もしかして、普段はセーブしてませんか?
「さて、どうでしょう」
と、朝比奈さんはオーバーに肩をすくめて見せた。
「ああもう、退屈!」
無言に耐えきれなくなったのか、ハルヒがブツブツと文句を言い始めた。
そして、ばさりと音を立てて本を閉じ、俺達を見回す。
もしかして、それは部活終了の合図のつもりなんだろうか。まだ時間も早いし、いつもの長門の絶妙なタイミングとは大違いだ。
「うー……」
ハルヒは俺をにらみ付けて雑誌をばさばさと開け閉めする。ああもう、静かにしろ。
と、そんな事をしているとガチャリと音がして扉が開いた。
「……」
そこに立っていたのは長門。
それと、
「誰?」
見知らぬ女生徒が立っていた。
俺達が見守る中、長門はその謎の女生徒を部室の中に引っ張り込み、ドアの鍵をかけてしまった。
「えっと……あの……」
その謎の女生徒は不思議そうに俺達を見回している。不思議なのは俺達にとっても一緒で、お互い疑問符が頭の上に浮かんでいる。
この状況が理解できているのは、恐らくただ一人。
「長門、これは一体どういう事だ?」
「新しい部員を連れてきた」
なるほど。それが長門の考えるハルヒ像か。
「とすると、変な時期の転校生とか何か特殊な事情のある人なんだろうな?」
「……」
長門は不思議そうに首を傾けた。
結局、その人は長門がただ目に付いた人を「来て」と手を掴んで勧誘してきたとのことだったらしく、平謝りしてお帰り頂いた。