今日の長門有希SS
いくら恋人同士と言っても、お互い自由な時間というのはあるもので、過剰に束縛し合う事はケンカの元である。そもそも信頼し合っていれば束縛など必要がないわけで、浮気の心配なんてない俺達には無用である。
いや、心配なんてしていないぞ。休みに一緒に出かけようとしたら、滅多に他の用事のない長門に断られたからって、少しも心配なんてしていないぞ。
昨夜はなかなか寝付けなかったのは、別に心配していたからではない。たまたま寝付くのが遅くなっただけであり、そもそも今日は休みなのだから夜更かししても誰に咎められる事はない。
だから、別に俺が昨日遅くまで起きていた事は取り立てて問題のある事ではないのだ。朝飯も食わずぼーっと惰眠を貪っていても自由だ。
目を閉じて二度寝を試みるものの、廊下がバタバタと騒がしく目が冴えてしまった。何やら妹は今日出かける用事があるそうで、朝っぱらから慌ただしく準備しているらしい。
「どうして早く起こしてくれなかったのー」
などとベタな言葉が聞こえてくる。何もこんな日に騒がしくしなくてもいいだろう、寝不足の体には少々厳しい。
明日は買い物でも行かないか?
実はそれは、いつものようにただ街をブラブラしたり、長門の部屋の生活用品の補充をするための買い物ではなく、特別な買い物の予定だったのだ。
しかし長門は「先約がある」と俺の申し出を断った。SOS団がらみの用事ではない。もしそうならば、俺もその用事に参加している事だろう。つまり、長門はSOS団以外の誰かと用事があるわけだ。
有力なところというと、朝倉だろうか。
朝倉と長門のつき合いは長い。途中に多少のブランクはあるが、3年を超えているはずだ。
高校に入るまでの待機期間に長門はほとんど社交的な事をしていなかったから、たまにお節介にやってくる朝倉だけが唯一の話し相手だったらしい。つまり、その3年間、長門の世界に存在したのは朝倉だけだったという事になる。
だから、朝倉は自分しか知らない長門の一面について、時折俺にニコニコと笑いながら自慢をしてくる事がある。
だがな朝倉、俺だってお前の知らない長門をいろいろ知っているんだぜ。意外と積極的なところとか、ヤキモチ焼きなところとか、エッチな事に興味津々だったりするところとか、ちょっとばかり独占欲が強いところとか、お前は知らないだろう? どうだ、羨ましいだろう。
「……」
いろいろ考えごとをしているうち、妙に興奮して目が冴えてきたので体を起こす。軽く伸びをして軋む体を解きほぐし、部屋から出る。
「おかーさんー、もっとオシャレなのなかったっけー」
妹は中途半端に着替えた状態でバタバタと駆け回っていた。そんなあられもない恰好で走り回るのはやめなさい。
「あ、キョンくんおはよー」
おはよう。もう昼に近いけどな。そんな気合い入れてどこ行く気だ?
「んー、デート」
なんだって!?
相手は誰だ? ちゃんとした奴なんだろうな? いい加減な奴だったら俺が承知しないぞ。
「大丈夫、優しいよ」
と、すっかり余所行きの服に着替えた妹がニマニマと笑った。その笑顔でSOS団のニヤケ面担当の顔を連想し――
ちょっと待て、古泉じゃないよな?
問いただそうと思ったところでチャイムが鳴る。
ドアの向こうにいる奴が古泉だったらぶん殴ってやる。許しておくものか。
「ちょっと待ってー」
と、妹は嬉しそうな声でバタバタとドアに駆け寄る。靴……いや、せめてサンダルくらいひっかけたらどうだ、せっかくの靴下が汚れるぞ。
ともかく、ドアが開いて妹のデートの相手とやらが現れた。
「おじゃまします」
ドアの隙間からぺこりと頭を下げたのは、長門だった。
結局のところ、長門の言う先約とは俺の妹であり、妹のデートの相手というのが長門だったわけだ。
なあ長門、水くさいじゃないか、なんで言ってくれなかったんだ?
「聞かれなかったから」
あれだ、そこで詮索するのって男らしくないじゃないか。それに俺はお前が浮気するとか少しも疑っているわけじゃないから、誰と出かけようと大丈夫だぞ。
「そう」
長門は少しだけ目を細め、
「わたしは少し心配だけど」
と、冗談めかして言った。
何を言ってるんだ長門、俺がお前一筋だって事は良くわかっているだろう。それに、相手なんていないぜ。
「……」
長門はしばらく俺の顔を見てから、ふうと息を吐いた。何か含むところでもあるのだろうか。
「キョンくーん、有希ちゃーん、早く早くー」
と、先を行く妹が手を振る。
今日のデートは、妹が街で服を買うのに長門が付き添ってもらうというものだったので、俺も一緒に来る事になった。
何しろ、俺の目的も似たようなもんだからな。
「……」
チラリと長門を見る。いつもの代わり映えのない制服姿。
だから俺は前に約束をしたのだ、長門に新しい服を買ってやると。せっかくだから妹にも一緒に選んでもらおう。
さて、こいつにはどんな服が似合うんだろうな?