今日の長門有希SS

 窓の外は抜けるような青空。相変わらずの熱気。
 暑さでやる気も起きず、適当に古泉とオセロをやっていると扉がバタンと開いた。
「いい物を持ってきたわよ!」
 ハルヒの言ういい物というのは、大体が俺達にとって悪いものである。そんなわけでいつものように期待せずにハルヒの方に視線を向ける。
「じゃーん!」
 ハルヒが掲げたのはペンギン型をしたプラスチックのオモチャのようなものだった。その頭部にはハンドルらしきものがついている。
 予想していたより、いい物を持ってきたらしい。
「あのぅ、それ何ですか?」
「みくるちゃん知らないの? かき氷マシーンよ」
 ハルヒの説明に朝比奈さんは「ふぇ〜」とやや大げさに驚いている。もしかすると、朝比奈さんの時代にはかき氷を作るという風習が存在しないのだろうか。それとも、こんな道具を使う必要が無いとも考えられる。
「さ、ペンギン様のためにテーブル開けなさいよ」
 元々それほど熱心にオセロをやっていたわけではない。勝負途中だが気にせず片付ける。
「あ――」
 珍しく優勢だった古泉が一瞬だけ名残惜しそうな表情を浮かべた。だがすぐに、いかにも「別にいつでも勝てますよ」というような、いつも通りのにやけた笑みになる。
 ハルヒはテキパキとペンギンをセットし、冷蔵庫からシロップやら練乳やらを取り出す。どうやら、ハルヒがかき氷を作ろうと思い立ったのは意外と早い時点だったらしい。
「シロップはメロンとイチゴだけよ。もっと買えば良かったかしら」
 いや、2個ある時点で十分に買いすぎだと思うが。
「それじゃ、みくるちゃんちょっと下を押さえてね」
 ペンギンの脳天をぱかっと開き、冷凍庫から取り出した氷をバラバラと流し込む。そして、満面の笑みでハルヒはハンドルを回す。へっぴり腰でペンギンの頭を左右から両手で押さえる朝比奈さんは、本体がずれないように必死の表情だ。
 部室の中、ガリガリと涼しい音が響き渡る。この音だけで少しだけ体感温度が低くなったように感じられる。今日ばかりはハルヒに感謝してやろう。
「はい、いっちょあがり!」
 器の上に真っ白な氷が山になっていた。真ん中が尖り、周りにボロボロとこぼれている。いかにもハルヒらしい。
 ハルヒは器を取り替えてドンドン量産していく。最初に作ったものから順に、溶け始めてなんとなく水っぽくなっているように見える。まあ、この暑さだしな。
「さ、それじゃ食べるわよ」
 全員の前にかき氷が置かれる。俺はとりあえずメロンのシロップをかけ、チューブから練乳をかける。緑に白のコントラストが涼しげだ。
 メロンは俺と古泉で、イチゴは長門と朝比奈さん。ハルヒは両方のシロップをかけて赤と緑の極彩色になっている。混じっている部分は茶色に近い。果物やキノコなど自然界なら間違いなく毒入りの色だ。その上から練乳をどばどばとかけているので、更にわけのわからない色になっている。
「さ、早く食べましょ。溶けるわよ」
 確かに、かき氷はこの暑さのせいで現在進行形で溶け続ける。一口すくって口に入れると、程良い甘みと刺すような冷たさが気持ちいい。
「ん――」
 ハルヒが眉間に皺を寄せ、頭を抱えていた。焦って食ったせいだ。
「……」
 意外な事に、長門も同じように頭を抱えていた。
「大丈夫か、長門
「キーン」
 いや、口に出して言わなくていいぞ。どっかの昭和の怪物じゃあるまいし。
 ともかく、それぞれ一杯ずつ食べても氷が余っていたので、残っていた氷が無くなるまで俺達はかき氷を食べる事になった。最初はハルヒをちょっと馬鹿にしていたのが、そのうち両方のシロップをかけてみたりもした。
 味は普通だった。まあ、元々シロップなんて色以外それほど違いがないんだろう。
「ほら、食べきっちゃいなさいよキョン
 氷が無くなって残りは器に残っているだけ。ハルヒは練乳5:氷5くらいのドロリとした液体をすすっている。俺の方はハルヒが残ったシロップをかけてきたせいか、氷がちょっと入ってるだけの液になっている。しかもイチゴとメロンが混じって色が不気味だ。
 俺は器を両手で掴むと、まるで優勝した力士のように飲む。液状になっているとはいってもその温度はかなり低く、冷たい液が喉を通って下の方に下りていくのが感じられる。
「う――」
 キーンと来た。


 帰る頃には外も涼しくなり始めていて、かき氷を食い過ぎたせいで腹を中心に体が少し冷えていた。寒いと錯覚しそうなくらいだ。
長門、そういやお前はかき氷って初めてか?」
「……」
 隣にいた長門は僅かに顎を引く。
「自分で作った事は無かった」
 待機していた3年間、長門はほとんど何もしていなかったはずだ。だから、長門にとってこの世界は未知の部分が多い。
「面白かった」
 最初の一回だけはハルヒが全員の分を作ったが、それからは各自無くなった者からそれぞれ自分でかき氷を作った。長門が作った時は、ハンドルを回すのが早すぎて支えていた俺の手にダイヤモンドダストのような氷の欠片がふってきたのを思い出す。
 こんなに嬉しそうな長門が見られるなら、今まで長門がやっていなかった事を俺も色々と体験させてやろう。
 そういう点でハルヒには感謝をしなければいけない。ハルヒは自分がそれで楽しいのがもちろんだが、SOS団の皆で楽しむのが好きなのだ。
キョン、なに黄昏れてんのよ」
 ネクタイを引っ張られる。足をもつれさせながら、コイツは皆を気遣っているんだろうなと気付く。
「ありがとよ」
「ん、なんか言った?」
「別に」
 二度は言ってやらないが、一度くらいは礼を言っておこう。
 無口な俺の恋人のかわりに。