今日の長門有希SS

 11/2511/2711/28の続きです。


 長門の『共産主義の欠点を実感させる方法』とやらを信じて俺たちはハルヒを呼び出すことにした。実行する前に長門はいくつか朝比奈さんに確認し、この方法で問題ないと判断したようだ。
 具体的にどうするかは俺は聞かされていない。流されるままにしていればいいと言われたので、その通りにすることにした。
 呼び出しの電話から十分ほどで到着したハルヒは、俺たちを見つけるとじろりと睨みつけてきた。
「それ、どういうこと?」
 ハルヒがこのような態度を取るのも無理はない。ここで俺たちの状況を説明しておくと、俺を中心に長門と朝比奈さんが挟み込むように座っており、しかも二人は俺の体に寄り添っている。朝比奈さんの豊満な胸が時折その柔軟性を俺の腕に伝えて来るし、長門からはごりごりと――痛っ。
 古泉は店から出てハルヒに見つからないように外で待機している。長門の合図で乱入してくる手はずになっているが、それよりはバイトに出かけなきゃならない可能性が高いらしい。
キョン、説明してちょうだい」
 と聞かれても答えようがない。
「いや、これはだな――」
「説明はわたしたちがする」
 どうしたものかと言いよどんでいたところに助け船が入る。
「有希、あたしはキョンに聞いてるのよ」
「これはわたしたちの意志でやっていること。彼の意向は関係ない」
「え?」
 ハルヒが訝しげに首を捻る。長門が何を言いたいのかは、されるがままにしていろと言われている俺にもよくわからない。
「涼宮さん、あたしたち決めたんです」
「な、何を?」
 ここで朝比奈さんが口を挟むのは予想外だったのだろう。ハルヒは面食らったようにきょろきょろと視線を泳がせている。
「あたしと長門さん、二人でキョンくんを共有することにしたんです」
「え、共有? なに?」
 ハルヒは意味がわかっていないようで、顔に大きくクエスチョンマークが出ている。
愛の共産化
 なんだそりゃ。
「男女一対一で交際するから争いが生じる。経済だけでなく、恋愛も共産化することで等しく幸福になることができる」
 さて、長門はこのプランを実行する前に朝比奈さんに何か訪ねていたな。確か結婚制度についてだったか。
「多夫多妻制です。この時代で実現したと聞いていましたが、まさか長門さんが提唱したなんて……」
 ちなみに朝比奈さんが聞いていたというのは本来のものではない。ハルヒが無理矢理共産主義経済にねじ曲げたことによって未来で学んだという記憶すら改竄されてしまったため、このような記憶が作り上げられたのだろう。本来の俺たちの歴史や社会背景とは無関係であり、いわゆるフィクションである。フィクションだよな?
「そ、そんなの認められるわけがないじゃない!」
「なぜ? わたしも朝比奈みくるもこれで納得している。二人で共有すれば争う必要がなく、どこにも問題はない」
「競争も必要なのよ!」
 ハルヒのその言葉を聞いた長門は、ちらりと手元に視線を落としてからぱんと手を叩いた。
「涼宮さん、実はどっきりだったんですよ!」
 そんな言葉と共にプラカードを持った古泉が現れた。ヘルメットをかぶった古泉の持つ『大成功』のプラカードを見たハルヒは、一瞬ほっとしたような表情を見せたが、次の瞬間には頬をふくらませて古泉のヘルメットをピコピコハンマーで叩いている。
「なあ、これで元に戻ったのか?」
 古泉をぴこぴこと殴り続けるハルヒをよそにたずねると、長門は「大丈夫」と手元にあった社会の教科書を俺に突きつけた。
「なんだこりゃ」
 書かれている文章が消えて、新たな内容に切り替わっている。
「資本主義経済に戻った証拠」
「そりゃよかった」
 ハルヒはへそを曲げてしまったかも知れないが、これで一件落着。例の雑誌の件はまた不満を口にするかも知れないが、立ち読みでもなんでも読む方法はあるだろう。
「さて、そろそろ離れていただけませんか?」
 話が終わっても未だ俺の腕を抱く朝比奈さんに声をかける。
「あ、そうですね」
 と朝比奈さんはようやく気づいたように手を離し、
「この時代はまだ愛が共産化してなかったですね」
 と呟いた。
 もしやまだ元に戻っていないのかと教科書を見直したが、俺の知っている歴史に戻っている。それならば恋愛だって共産化されているはずもない。
「朝比奈さん、心臓に悪いので妙な冗談はやめてくださいよ」
 全く人が悪い。溜息をついてそう言うと、朝比奈さんは「ふふっ」と笑った。