今日の長門有希SS
・7/26の長門有希SSを先に読むと幸せになれます
有希の様子がおかしいと思うようになったのは、いつの頃からだろう?
時期は覚えてないけど、いつの頃からか何か変化しつつあるとあたしは勘付いていた。そりゃ、あたしだって馬鹿じゃない。団員にはそれなりに気を配っているつもりだし。
団員のプライバシーに立ち入るような事はなるべくしたくない。でも有希の変化は急速で、見ているあたしを戸惑わせた。
学校に入ってしばらくして眼鏡を外したのは、たぶんだけどほんの些細な事が原因だと思う。でも、コンタクトに変えたにしては、有希がコンタクトを取り外しているところを一度も見たことがない。そもそも、コンタクトの人だって眼鏡は持ち歩くはずだし。これってどういう事?
そもそも、元々眼鏡には度が入ってなかったとか……ううん、そんなことは無いわね。
有希は元々度が入った眼鏡をしていて、今はコンタクトをしていないのに眼鏡を外している。あたしにわかるのはそれだけ。
いや、眼鏡の事はどうでもいいのよ。それよりも、最近有希と接していて感じる違和感が問題。
最初に会った時からずっと本の虫で、ほとんど感情を表に出さないのは何も変わってない。うん、それは断言できる。表情豊かになったなんて事は、少しもないのだ。
ただなんとなく、何かが変わったのは間違いない。女の勘ってやつ。
それがなんなのか、あたしは調べた方がいいんだろうか?
出来るだけプライバシーを傷つけるような事はしたくない。団員を蔑ろにするとキョンも怒るしね。でも、もし仮に何か悪い事に巻き込まれていたら――それはさすがに助けるべきだろう、人として。
チラリと有希を見る。いつものように無言でページをめくっている。SOS団のメトロノーム担当。可愛いお人形さん。
いや、お人形さんは手前にいるみくるちゃんだ。あたしのお気に入りの着せ替え人形は、今はメイド服でキョンを誘惑していて――あ、ちょっとむかついた。
「あっ、そうだ。今度から部室にいる時に他の服も着ない?」
お茶が無くなった事に気付いて注ぎ足しに来たみくるちゃんに声をかける。
「えぇ? どんなのですかぁ〜?」
少しだけ怯えた表情の奥に、嬉しそうな色が眠ってる。
「そうね……ナース服もいいし、バニーでもいいし……あ、カエルちゃん最近あんま使ってなくてかわいそうかも」
カエルの着ぐるみの名前を出した瞬間、表情が曇ったのがわかった。
「え、それはぁ……」
なによ、そんなにそのおっぱいを活かせない服は嫌?
この子、どうしようもなくマゾのくせに自分の武器を自覚してるのよね。見られる事自体に快感を感じているふしもあるし、露出狂の素質があるかも。変態。
仮にこの子がおっぱい丸出しで色仕掛けでキョンに迫ったらどうなるんだろ?
キョンだって健康な男子高校生だし、もしかして――
「あ、あの……涼宮さん……?」
怯えた表情でみくるちゃんが見ていた。いけない、ちょっと考え込んでた。
「やっぱりメイド服でいいわ。たまにならいいけど、他の服じゃ違和感あるでしょ? あ、おかわりありがとね」
笑顔を見せてあげると、みくるちゃんは大きな胸をほっとなで下ろして戻っていった。
まあ、みくるちゃんは今はどうでもいい。問題は有希。
有希は一人暮らしをしているから、悪い奴に付け込まれたらイチコロだ。そう考えると、やっぱり心配。団員に何かあったらSOS団を続けるのも辛くなるだろうし。うん、調べなきゃ。素行調査よ。
でも、どうしよう。直接聞いても答えてくれないだろうし、他の方法で何かいいのは……そうだ、何か理由をつけて部屋に上がってみたら何かわかるかも。
でも、どうして上がり込むかが問題だ。幸い、有希はあたしの指示に反するような事はほとんどしないけど、突然行くのも無理がある。
こんな時に限って良い案が思い浮かばない。早くしないと、活動を終わって帰る時間に――ピンと来た。たまたま見てたホームページも良かった。
「なんかお腹空いたわねえ」
あたしはボソリと呟いた。
パタンと音。有希が本を閉じて、みんなが帰る準備を始める。
ああもう、そうじゃないのよ!
キョン、そこは「みんなでなんか食うか?」とか気を利かせなさいよ。有希だって、まだ時間が早いってわかってよ、もう。
仕方ない、怪しまれる覚悟で自分から提案だ。楽しそうな顔しなきゃね。
「あ、そうだ」
あたしが呟くと、キョンはこっちを見てギョッとしていた。
うそ、いきなり怪しまれてる?
仕方ない、演技を続けよう。平常心平常心。
「みんなでご飯食べない?」
キョンは嬉しそうな顔を浮かべた。あら、そんなにあたしと一緒に食べたいの? でも今日は我慢してね、目的は有希の事を調べるためだから。
「たまにはいいですね」
ナイスアシスト古泉君! さっすが副団長ね。
「楽しそうですねぇ」
みくるちゃんもありがと。これで過半数突破ね。
「有希は?」
「いい」
ま、この子があたしの言う事に反対するはずはないけどね。
「キョン、あんたも大丈夫でしょ?」
キョンはどことなく気の抜けたような顔。安心してるような、和んでるようなそんな感じ。可愛い。
「いいぞ」
よしオッケー。
「じゃあ、決定ね! 今日は有希の部屋で鍋よ! 有希、いいでしょ?」
「い――」
「ちょっと待った!」
え?
あたしは驚いてキョンを見る。なんであんたが困ったような顔してんの?
行き先は有希の家なのよ?
「そんな、急に部屋に押し掛けるのもだな……ええと、アレだ。片づいていないかも知れないじゃないか。いきなり部屋に入ったら困るだろ、なあ、長門?」
「……」
有希はしどろもどろに説明するキョンをぼーっと見て、ちょっとだけ目を見開いた。
「そう、片づいていない」
その言葉を聞いて、キョンがほっとしている。
何コレ、怪しいわ。有希が変わった事に、間違いなくキョンが何らかの関わりを持っている。有希はどうもキョンの言葉で何かに気付いたっぽいし。
「それにな、鍋だってあるかどうかわからないだろ」
まだ甘いわねキョン。そのアプローチは失敗よ。
「今日は大人しく、どこかファミレスにでも――」
「鍋ならあるじゃない」
あたしが部室の隅のダンボールを指で指し示すと、キョンの表情が明らかに曇った。目が泳いでいる。
ここを押さえ込めばあたしの勝ち。
「だったら、ここでやればいいじゃないか」
チェックメイト。
「食材買い込んでここに戻ってくんの? さすがに校舎に入れないでしょ」
もう暗くなって来てる。早い時間に材料を買い込んで校内に居残るならともかく、この人数で戻ってくるのは大変でしょ。
キョンは何も言えなくなって、あたしの顔を見つめている。どう、これでもまだ反対する材料あるの?
「わかったよ。だが、買い出しの間に長門だけ先に部屋に戻って部屋を片付けるって事でいいだろ? 団員にだってプライベートってモンはあるんだ」
それじゃあ、ほとんど意味無いのよ。例えば有希が悪いヒモ男に騙されて弄ばれていても、逃がしちゃうかも知れない。
でも、キョンに嫌がられないために、少しはあたしの方から譲歩しなければいけない。惚れた弱みだ。
「ま、いいでしょ」
今回はこのラインが落としどころね。仕方ない。まあでも、なんかあったら痕跡くらいは見つけられるでしょ?
「それじゃ、有希は片づけのついでにご飯を炊いておいてね。早く食べたいし」
キョンが明らかにほっとしているのがわかった。
「それじゃ、急いで買い出しに行くわよ。空腹で死にそうだわ」
あんた何を知ってるの、キョン?
スーパーに向かう途中、あたし達は4人で歩く。
あたしの横にいるキョンは、さっきからあたしが話しかけても生返事。まだ何か心配事でもあるの?
そう言えば、普段この4人で帰る事ってあんま無いわね。周りからはどう見えるのかしら。
古泉君はかっこいいし、悔しいけどみくるちゃんは可愛い。この二人はカップルに見られてるに違いない。
でも、あたしとキョンはどうかしら。あたしはキョンの魅力を十分に知ってるけど、ちょっと地味に見えるから他の人にはよくわからないだろう。もしかしたら、相思相愛のあたし達がカップルに見えなくて、恋人でもなんでもない後ろの二人がカップルに見えてるのかも。
「あー、すまん」
キョンが突然口を開いた。妙に真剣。さっきと似たような顔。
なによ、ここまで来て反対する気なの?
「実は見たいテレビがあるんだ」
……は?
「でも、長門の部屋にはテレビが無いだろ。ビデオを録りたいんだが、実は我が家でビデオの予約が出来るのは俺だけなんだ」
キョン、あんまりテレビとか熱心に見てないと思ったけど……意外ね。大人ぶって子供っぽいところがあるから、まあ仕方ないか。そんな子供っぽさを忘れてないところが、あたしは好きなのよ。
それからキョンはその番組が如何に面白いかを熱弁した。なんか、それを聞いているとあたしもちょっと見たいと思ってしまう。好きな人に趣味をあわせようとするのってなんかいいわよね。あたしはキョンの趣味に合わせてもいいわよ。もしキョンに変態的なセックスをせがまれたら、あたしは断れないわね。やだ、熱くなってきた。みんなにはばれてないわよね?
「そう言うわけで、録画予約をしに帰りたいんだが……いいか?」
キョンが捨て犬のような顔であたしを見上げている。惚れた弱み。仕方ない。
「いいわ。早く行ってらっしゃい、スーパーで合流するわよ」
「いや、俺は長門のマンションに直接向かう事にする」
ため息。
「わかったわ、なるべく早く戻るのよ」
あたしの許可を受けて、キョンは嬉しそうに駆け出した。
あーあ、一緒に買い物したかったのに……
「バカ」
遠ざかる背中に、誰にも聞こえないような声で呟いた。
3人でスーパーに寄って、色々と買い込む。
やっぱり、キョンがいないと張り合いがない。あたしがカゴをのっけたカートを押して、みくるちゃんと古泉君が材料を色々入れていく。
スープの置いてあるコーナーで手が止まった。鍋って何鍋が良いかしらね。さっきたまたま見てたのはおでんのホームページ。キョンの好みを聞いておけば良かったなあ。
「ねえ、二人は何鍋が食べたい?」
古泉君もみくるちゃんも思いつかないみたい。そう言えばこの二人って、あんまり自分から主張することないわね。ま、あたしが決めるしかないか。
醤油ベースのパックを1つカゴに入れる。もしつゆが足りなくなっても醤油と出汁があれば補充する事が出来るだろうし。
あ、有希の部屋に食器があるか不安ね。一応、割り箸とか紙コップを買っておきましょう。ついでにお菓子とジュースも買っておく。これくらいあればいいかな?
あたし達は会計をすませて、店を出ると有希のマンションに向かった。本当にお腹が空いてきた。早く食べたいわ。
マンションに到着。入り口のところにキョンはいない。
あたしは二人から離れて、キョンに電話をかける。
さっさと出なさいよ。そりゃ、確かに待ってる時間だって楽しいわ。でも、それは出てくれないと台無しなのよ。まったく。出れないような事をしてんの?
次は有希に電話。こっちも出ない。何してるのかしら?
はあ、とりあえずキョンが来るまでしばらく待つしかないか。
袋がずっしりと重い。5人分にしては少し買いすぎたかも。でも、ちょっと多いくらいなら大丈夫よね、男の子が二人に、有希もけっこう食べるし。
待っても待ってもキョンが来ない。いつまで待たせるのよ、先に入ってようかしら。せっかく15分も待っててあげたのに。
なんかどっかの子供が玄関を開けて入っていく。ラッキー。
あたし達は素早くその子供と一緒にマンションに滑り込んだ。その子供がエレベーターに乗り込んだから、後から乗り込む。
その子は少しだけ不思議そうな顔をしていたけど、途中の階で下りていった。あたしたちは7階まで上がって、有希の部屋に向かう。
何号室だったかしら……ああ、ここだわ。
インターホンとかはついてない。ドアを直接叩くしかないか。
深呼吸をひとつ。握り拳を作って、ドアを叩く。近所迷惑にはならない程度にね。
中からガタガタと物音が聞こえた。なんだ、いるじゃない有希。電話に出ないからちょっと心配してたのよ。
そしてガチャっとドアが開いて、
「……なんであんたが中にいるのよ」
理解できない。キョンがしまったって顔をしている。どういう事?
キョンはあたし達をしばらく見回してから、
「ちょっと前に到着して、先に入って待ってただけだ」
と言い張った。
「何分くらい?」
「5分か10分くらいだ。時計を見てないから正確な時間はわからない」
あたし達、入り口で15分待ってたのよ?
先に来ていたのに、10分くらいしかここにいないって勘違いしてるのかしら。でも、有希と二人で何してたの? 時間を忘れるほど楽しめるものなんてないわよね?
「ふうん」
まあいいわ。今日は有希の事を調べに来たんだもの。下手にキョンとケンカしてたら変に思われちゃう。ここは我慢だ。
お腹空いたし早く食べたい。
あたし達は荷物を持って中に入る事にした。
「しっかし、あんたがあの番組あんなに好きだとはね」
皮肉くらいは言ってもいいよね?
「仕方ないだろ。好きなんだから」
キョンは困ったような表情だ。あたしを怒らせたと思ってるみたい。あたしに嫌われたと思ってショックを受けたのかも。やりすぎたかな?
「まあいいわ、さっさと作って食べましょ。もうお腹ペコペコ」
キョンがほっとした顔になる。大丈夫、あたしがあんたの事を嫌いになるはずがないじゃない。どう、これで安心できた?
有希の部屋に入る。相変わらず何もない部屋。部屋の真ん中にコタツがあって、他は何もない。
……これ、何を片付けたってのよ。
でも、変に追求しても駄目よね。部屋に何かあるわけじゃないってわかったけど……これじゃ、来なかったのと大して変わんないわよ。
「さ、食べましょ」
古泉君が持っていたコンロと鍋をコタツの上にセットして、これで大丈夫。汁はパックのを買ってあるし、さっと切って煮れば食べられる。
有希が炊いたご飯をそれぞれに盛って食事開始だ。みんなで食べる鍋は美味しい。本当はこれはここに来るための口実にすぎなかったけど、来て良かったとは思う。
でもね……やっぱりちょっと引っかかるのよね。でも有希は何か隠してるって雰囲気を少しも見せない。どっちかって言うと、怪しいのはキョンだ。挙動不審。略してキョン。あは、これ面白い。
でも、なんでキョンの方が落ち着かないの?
「少し席外すわ」
ちょっと顔でも洗って来よう。頭も冷えるかも知れないし。
「どこ、行くんだ?」
キョンが捨て犬みたいな目であたしを見つめている。そんなに離れたくないの?
「女の子に聞く質問じゃないわよ」
「あ……すまん」
キョンは萎縮して縮こまった。可愛いなあもう。持って帰りたいくらいだ。もしあんたが見たいなら、家でじっくり見せてあげるわよ。
とにかく、あたしは用を足してから洗面所に向かう。さて、顔を洗って――
洗面台の横に、歯ブラシが仲良く2個並んで立てられていた。
「なんで?」
思わず声が出た。誰かに聞かれたかとあたりを見回す。誰もいなくてほっとする。
カップに立てられた赤と青の歯ブラシは、どっちもそれほど古いものじゃない。掃除とかに使うような汚れたものじゃなくて、まだ新しい。
新しいのを買ったけど古いのを捨て忘れた?
ううん、そんなのはあり得ない。これはどう考えても……有希と、有希以外の誰かだ。
一体、誰の?
「遅かったな」
リビングに戻ると、キョンがあたしを不思議そうに見ている。相変わらずキョンはデリカシーが無い。いくら付き合っていても、トイレから戻ってきた女の子にかける言葉じゃないでしょ。
SOS団以外で有希と親しい人は、あたしが知る限り、ほとんどいないはずだ。学校でもほとんど人と話してるのを見かけないけど……ああ、唯一の例外はうちのクラスの朝倉涼子。でも彼女なら、同じマンションに住んでるし、いくら仲が良くても部屋に入り浸るような事はないだろう。
となると……誰?
「……」
あたしは部屋の隅をチラリと見て、フローリングの床がちょっと傷ついているのを見つけた。棚でも置いてずらしたような、そんな傷。
もう間違いない。誰かがここに住んでいるんだ。
そう言えば、有希の部屋に来ると言ってからキョンの態度がずっとおかしかった。キョンは……この事に何か関係してるの?
なんでキョンがその事をあたしに隠してるの?
キョンはあたしと相思相愛なんだし。ねえ、そうよね? そうだと言ってよキョン。
考えすぎて頭がぐらりと揺れる。気持ち悪い。あたしは座ったまま倒れそうになって、誰かに受け止められる。誰だろ。キョンだといいな。
「――」
突然、あたしは理解した。
なーんだ。うん、わかった。真相がわかってしまえば何てことない。キョンの態度も納得だ。種のわかった手品ほど面白くないもんは無いわ。
キョンは、有希がどっかの男とデキていたのを知っていたのだ。それはきっとキョンの友達か誰かだろう。だから、キョンはかばおうとしていたんだ。
そっか、有希も男ができたのね。有希がどこの馬の骨と付き合ってるか知らないけど、キョンに依存するのもこれで減るでしょ。よかった、これで安心。
「おい、大丈夫か?」
向かいに座ってたキョンが心配そうにあたしを見ている。
「大丈夫よ、立ったり座ったりしてたから立ちくらみしただけよ」
パン、と自分の頬を軽く叩く。よし、心配も無くなったし、ここからは楽しもう。
「それじゃ、そろそろ本番よ!」
あたしは買ってきたお菓子とか、漬け物とかを鍋に放り込む。キョンのビックリした顔がかわいい。
「これからは闇ナベよ! 自分が箸を付けたものは絶対に食べないと駄目なんだからね!」
みんなが困ったような、それでいてちょっと楽しそうな顔であたしを見ている。ふふ、ただ食べてもつまんないでしょ?
「食べれなかったら死刑だからね!」
明らかに味は美味しくなくなったけど、みんなでワイワイ言いながら鍋をつつくのは楽しかった。みんな、いちいちオーバーリアクションをして嫌がりながらも、笑いながら食べることが出来た。
楽しい時間は早く過ぎる。あたしたちは片づけをして、鍋とコンロは有希に任せて解散した。
今日は本当に楽しかった。キョンと一緒に過ごせた時間が少なかったけど、全員で過ごすのも悪くない。
今日の事を回想すると、やっぱり思い浮かぶのはキョンの顔。困ったり、寂しそうだったり、今日はもっと甘えさせてあげればよかったかな?
「あ、そうだ」
キョンが言ってた番組はなんだっけ。名前を覚えておいて、明日にでもビデオを貸してもらうように頼もう。わざわざあたしと離れてでも家に帰ったくらいだから、きっと面白いんだろう。
あ、あったあった新聞。あの番組は、ええと……
「ふうん」
思わず声が漏れる。普通、テレビを録画する時って時間を確認するでしょ。でも、キョンは言って無かったわよね、こんな事。
気が付くと新聞がボロボロになっていた。しかも血が付いて汚い。まあいいわ。もう夜だし誰も見ないわよね。
あたしはため息をついて、それをゴミ箱に放り込んだ。ゴミ箱からチラリと見える。テレビ欄が。キョンの言っていた番組が、野球で潰れていた事を教えてくれたテレビ欄が。
電話しても通じなかったあの時間、あんたは何をしてたの?
そう言えば有希も電話通じなかったわね。二人してさ、電話が気付かないような状況だったの?
そしてそもそも、キョンはいつから有希の部屋にいたの?
「あれ?」
気が付くと外にいた。足が痛い。あ、裸足だ。
帰ろう。