今日の長門有希SS
登校した時に下駄箱の中に見つけた一枚の紙切れ。
ノートを切り取ったようなそれには、このような文字が踊っていた。
――放課後誰も居なくなったら、一年五組の教室に来て――
さて、そんなわけで部活が終わってから夕暮れの教室にやって来たわけだ。
廊下には人の気配すらない。
意を決して扉を開け、教室に入る。
そこにいた人物をみて、俺はかなり意表を――
「誰?」
そこにいたのは、真っ黒な男だった。
コート……いや、あれは教会の神父が着る服か。首からでかい十字架をぶら下げた、やたら背の高い外国人が立っていた。
「入ったらどうかね?」
妙な発音の日本語で言ったその男は、ゆったりとした歩幅で教室の奥に歩いていく。カツカツと足音が鳴る。ブーツか?
「誰だ?」
「そう、意外だろう」
いや、誰だお前。
「お前誰だ」
「用と言うのは確かだが、少し聞きたいことがある」
こいつ、こっちの話聞いてねえし。
「涼宮ハルヒの事だ。どう思っているかね?」
いや、誰だお前。
「人間はやらずに後悔するよりも、やって後悔する方が良いと言う。これはどう思うかね」
「それよりも、お前は誰だ」
「では、たとえ話をしよう。聖書の一節にこうある。『現在の危急のときには、男はそのままの状態にとどまるのがよいと思います。妻に結ばれていないのなら、妻を得たいと思ってはいけません。しかし、たといあなたが結婚したからといって、罪を犯すのではありません』君はどうする?」
「だから、誰だお前」
「貴様を殺して、涼宮ハルヒの出方を見る」
刹那、男の手が閃いたかと思うと、銀色の槍が俺に向かってきた。
ドカッ!
壁に突き刺さったそれは、槍ではなく刃渡り数十センチはあろうかという刃だった。あのまま立っていたら頭を貫通していただろう。
遅れて、切られた髪の毛がパラリと落ちてくる。
俺はその場にへたりこんでいた。正直、腰を抜かしかけていたね、うん。
「エイメン」
男はどこから出したか両手にそれぞれ刃を一本ずつ持って、交差させて十字架を作っていた。しばらくそのポーズをやって満足したのか、それをカチャカチャと打ち鳴らしながら、ゆっくりと歩み寄ってくる。
逃げなければ。俺はドアに向かって走り出し――
ヒュン――
何かが高速で耳のすぐそばを通り過ぎる。
カカッ!
ドアの両側に何か文字の書かれた紙が張り付いていた。ご丁寧に釘を使って打ち付けられている。
バチッ!
伸ばした手に電気のようなショックが走る。
「それが結界だ」
男が言う。
気がつくと、それはドアだけでなく、扉や壁のいたる所に貼り付けられていた。
デタラメだ。
「今この空間は、私の情報制御下にある。おまえたち夜の勢力共(ミディアンズ)にそれを突破することは不可能だ」
ミディアンズって何だ
もう全くわけがわからない。わかるやつがいたらここに来い、そして俺に説明しろ。
「おとなしく皆殺しにされろ」
「何者なんだ、お前は」
男はその言葉には答えず、手を閃かせた。
ヤバイ!
思った刹那、俺は後ろに飛び退いていた。
ガガガッ!
俺の今まで立っていた場所に数本の刃が刺さっていた。
思わずその場にへたり込む。
「シィィィィィィィィ!」
奇声を発しながら、男は手に持った刃を逆手に持ち替えて体ごと突っ込んできた。
もう駄目だと思った刹那――
横からドォンという爆発。粉塵がまき上がり、俺の体に壁を構成していたらしい木やらコンクリートの破片がぶつかってくる。痛ぇなこの野郎。
気がつくと、目の前に刃があった。男の刃は何かに掴まれ、俺のすぐ近くで停止している。
「長門!」
当然と言うべきか、それを受け止め、俺との間に割って入っていたのは長門だった。
「一つ一つのプログラムが甘い」
刃を持つ長門の手に血が滴っている。
「側面部の空間封鎖も情報封鎖も甘い。だからわたしに気付かれる。侵入を許す」
「邪魔する気かね」
「あなたはわたしのバ――」
長門はそこで、少し間をおいた。
「わたしの――誰?」
お前も知らないのか長門。
「……情報結合の解除を申請する」
気を取り直した長門がそう宣言すると、長門の受け止めていた刃が砂のように消え始めた。
「ハッ!」
ダンッ!
男は一足で数メートル後退する。
ズシャァッ!
しばらく滑った後、両足と片手をついてストップした。
いちいち擬音の派手なやつだな、オイ。
この時「ああ、この話はもう長門SSじゃないみたいだな」と俺は思った。
「エィィィィメンッ!」
男が手を振ると、数本の刃がこちらに向かって高速で飛来した。
それが目前まで迫ると、長門の腕が残像すら見えないほどの速度で動き、その刃をたたき落としていく。
「離れないで」
逆の手で地面に叩きつけられる。
「パーソナルネーム。アレクサンド・アンデルセンを敵性と判定。当該対象の有機情報連結を解除する」
朝倉涼子と3文字しかあってないぞ。
"Dust to dust."
男の声は反響しているかのように、どこから出ているのかわからない。
バシィッ!
ゆっくりと立ち上がろうとした俺の顔に長門の回し蹴りが炸裂。何か悪いことしたか、俺。
音のない灰色の世界で、俺はスローモーションで吹き飛ばされているように感じた。死に直面した人間って時間がゆっくりに感じるんだっけ、と思っていると、先ほどまで俺がいた場所を数本の刃が通過して行った。
「そいつを守りながらいつまでもつかね?」
男の手が閃く。数本の刃が倒れている俺に向かって飛んできた。
ああ終わったなと思って目をつぶるが、痛みはやってこない。
カチリと音がする。目の前に落ちていたのは、長門の眼鏡だった。
「長門!」
顔を上げると、こちらを向いて立っている長門の胸から数本の刃が突き出ていた。足下には血溜まりが出来ていて、そこに丸くて赤いサングラス――長門のサングラスが浮いていた。
「あなたは動かなくていい。へいき」
いや、ちっとも平気には見えねぇって。
ドカカカッ!
更に数本の刃が突き出てくる。
「……」
長門はもう話す余裕すらない。
「ゲァハハハハハハハハハハハハハハァ!」
男の笑い声が近づいてくる。耳障りだ。
「コフッ……」
男が背後まで迫った時、長門の口から空気が抜けたような音が漏れる。
その首から、二本の刃が生えていて、その刃はハサミを開くように開いていく。
違うのは、それはどちらも外側を刃にしているところだ。
「シィィィィィィィィッ!」
刃が大きく開かれる。
ゴトリという音。俺の目の前には長門の頭が落ちていた。
「終わった」
床に落ちたのに、何事も無かったかのように長門の口が開く。
「情報連結解除開始」
その途端、世界が崩壊していく。その崩壊が男のすぐそばまで迫った時、男が懐から分厚い本を取り出す。
「また会おう。情報統合思念体」
つむじ風が起きる。男の開いた本はページがバラバラと宙に浮き、男を包み込んでいく。
「次は皆殺しだ」
本のページが消えた時、男はいなくなっていた。
「と言う夢を見たんだ」
登校中、出会った長門に今朝見た夢の話をする。
「そう」
反応は薄い。
「ともかく嫌な夢だったな……もう、あんな夢は御免被る」
「それなら」
そこで少し間をあけて、
「悪い夢を見ないよう、今夜は泊まりに来たらいい」
視線が俺を射抜いていた。
確かに、長門のところに行けば悪夢は見ないだろう。
「そうしよう」
……寝かせてくれないからな。