妹の友達がこんなに小悪魔なわけがない(WEB体験版) 第三章

「さっみー!」
 今まで暖房の効いたファミレスの中にいたせいか、加奈子は公園で見かけた時よりも体を震わせている。
「つーかよー、こんな時間に追い出すとかひどくね? 客商売だろー!」
「お前がわざわざ聞かなきゃ、放っておいてくれたかもしんねーけどな。店員も戸惑ってたしよ」
 ああいう風に聞かれてしまったら、店としても「いいです」とは言えないだろう。何も聞かなければ黙認してくれたかも知れないが。
「で、どうすんだ? ファミレスだけじゃなくて、カラオケとか漫喫とか、朝まで時間潰せそうな場所はきっと似たような状況だと思うぜ」
 十二時を過ぎてしまっていることを考えると、事態はより悪いと言ってもいい。既に店にいる客を追い出すのと比べれば、深夜にやってきた客を門前払いにする方が負担は軽いだろうな。
「お前さ、泊めてくれる奴とかいねーの?」
「……そこまで仲がいいのって、桐乃とあやせくらいしかいねーし」
 つーか、友達少なそうだよなお前。
「そういや桐乃は仕事の関係でどっか地方に出かけてるんだったな。ひょっとして、あやせもか?」
「そーゆーこと」
 ま、そもそも助けを求める相手がいたら、あんな風に公園のブランコに座っているはずもないよな。鍵がないから家に入れなくて、助けてくれる相手もいなくて、金もなくて、あんな真っ暗な公園で途方に暮れていた……と。
 ひょっとしなくても、今こいつを助けられるのって、俺しかいないんじゃねえか。たまたま俺が通りかからなかったら、こいつは一体どうなってたんだ?
 家に帰れないって事情を聞いちまった以上、ここでサヨナラってわけにもいかないよな。ファミレスを追い出されるハメになった時の言動から、あまり頭がお利口でないのもわかっているし、うまく立ち回れるとは思えない。ヘタすりゃ体を壊したり、最悪凍死しすんじゃねーのって感じだ。
「……っつてもなあ」
 朝まで過ごせそうな場所の心当たりなんてどこにもねえんだよな。男の俺ならまだなんとかなりそうだが、こいつは女の子だし、しかも見た目は小学生だ。ヘタな場所に行けば警察を呼ばれかねない。こいつが家出少女として通報されるってより、俺が誘拐犯と誤解されて。
「待てよ。警察に補導されて留置所で一泊ってのもアリじゃね?」
「アリなわけねーだろーが」
 ですよねー。
「それよりさ、なんか見られてんだケド」
 ちなみに俺たちは途方に暮れてファミレスの前に立っているわけだが、加奈子の言うとおりガラスの向こうからチラチラと店員がこちらを見ている。
「とりあえず移動すっか」
「……」
 黙って首を縦に振る加奈子と一緒に歩き出す。
 行くあては全くないが、歩き出した足は勝手に自宅の方に向いている。いつもの習慣ってやつか、帰巣本能なのかはわからないが。
「おめーんち泊めてくれんの?」
「そうしてやりたいのは山々だけどよ……」
 妹が家を空けている時に、妹の友達を家に泊めるなんてありえねえよな。シチュエーションが無茶苦茶すぎて親に説明できないし、こっそり連れ込むにしてもバレた時のリスクを考えるとキツすぎる。
「うう……さみ……」
 口数少なく、寒さに震えている加奈子はいつものクソ生意気な態度を忘れさせる。
「ほらよ、着とけ」
 俺はジャケットを脱ぐと、加奈子の体にかけてやる。
「ん……」
 加奈子は呆けたような顔で、肩からかかっているジャケットと俺を見比べる。
「おめー、そんなカッコで寒くねーの?」
「寒いに決まってんだろ」
 我慢できないほどでもないが、腕のあたりが特に冷える。
「地味なくせに無理してカッコつけんじゃねーって。こんなことされても別に好きになったりしねーかんな?」
「お前に好かれても嬉しくねえって言ってんだろ」
「じゃあなんでこんなことしてくれんの? もしかして、女に自分の服を着せたい性癖? それともぉ〜、女に着せた服のにおいを後で嗅ぎたい性癖?」
「そんな歪んだ性癖持ってねえよ」
「ま、そこまで言うならそういうことにしておいてあげてもいーケド。加奈子も後であんたこれを使うって考えたら安心して着れねーし」
 女の子が「使う」とか言うんじゃねえよ。温かくなって余裕が出たらまた可愛げなくなってんな。
「つーかさ、おめーは家に帰れば暖かいからいーよなー。今度返すからしばらく貸しててくんね?」
「……お前の状況をなんとかするまでは帰れねえよ」
 死なれたら後味が悪すぎるからな。
 袖に手を入れた加奈子は、閉店している服屋のショーウィンドウの前で立ち止まると何やらポーズを取り始める。ガラスの中にはいち早く春物を身につけたマネキンが並んでいるが、なんとも涼しげな服装を見ているとただでさえ冷えてるのにより寒くなってくる。
「うへ〜、似合ってねー」
 中にあるマネキンを見ていたわけではなく、ガラスに反射した自分の姿を確認していたらしい。
 俺のジャケットを来た加奈子は、確かに全く似合っていない。男物ってのもあるが、なによりサイズがぶかぶかで体格に合っていない。手も短いようで、指先しか見えていない。
 着ているというより、着られてるって表現した方がよさそうだ。お父さんの服を着た小学生ってところか。
「つーかさ、だっせーセンス。桐乃の兄貴とか嘘じゃね?」
「文句言うなら着なくてもいいんだぜ?」
「あーん、じょーだんだから怒らないでぇ〜。加奈子、お兄ちゃんのジャケット着れて嬉しいな〜♪ 一緒にいてくれてありがとぉ〜」
 あやせに頼まれてマネージャーのふりして会った時にもこうだったが、こいつ本当に切り替えが早いのな。俺の妹もそうだが、なんつーか猫をかぶり慣れてるって感じだ。
「でもよー、髪型とかファッションとか本当に地味じゃね?」
「モデルやってるお前からはそう見えるのかも知れないけどよ、フツーの高校生なんてこんなもんだぜ。お前のクラスの男子とかもそうだろ?」
「……クラスの男子なんてプライベートで会うことないしわかんねー。加奈子はもっと大人のオトコが好みだしぃ〜」
 桐乃みたいなこと言ってんなこいつ。女子中学生なんてみんなこんなもんなのか?
「ま、どんな服が似合うか加奈子が見繕ってやんヨ。ちょうどマネキンあんし」
 言いながら、加奈子は画家かカメラマンみたいに両手の指でワクを作って俺をのぞきこんでくる。
「知り合いにちょっといー感じの奴がいんだけどさ、おめーももっと大人っぽいファッションのが――ん」
 不意に指を前後させていた加奈子の手が止まる。ちょうど目の所に指がかかっているせいか、表情が読めない。
「つーか、それだと顔隠れて見えてねーだろ」
「うっせ。加奈子くらいになると、体格だけでわかんだヨ。つーか、おめーの地味な顔なんて見えねーくらいでちょうどいいって」
 それ酷くね?
「眼鏡とかかけねーの? コンタクト?」
「いや、別に目は悪くないんだ」
 もし視力が落ちたとしても、コンタクトより眼鏡にするだろうな。いや、別に眼鏡フェチだからじゃないぜ。確かに俺は眼鏡をかけた女の子に興味はあるが、それとこれとは別問題だ。
「フーン……ま、いーケド。って、おめー、鼻たれてね? ガキかっつーの」
「……寒いからな」
 ガキっておめーにだけは言われたくないけどな!
ティッシュめぐんでやっから鼻かめヨ。汚ねーし」
 と、加奈子はポケットティッシュを取り出す。携帯電話以外の、こいつにとって唯一の持ち物だ。
「持ってなかったから助かるけどよ、一体どうして鼻出てんだろうな」
「鼻炎?」
「……」
 こいつすげーな。感動する。
 受け取ったケバいポケットティッシュを開けて一枚取り出し、鼻をかんでいると、
「これは――」
 天啓だ。今のこの状況をなんとかする方法を見つけてしまった。
「なあ、加奈子」
「あんだヨ? つーか、いきなり呼び捨て?」
「今からホテルに行こうぜ」