妹の友達がこんなに小悪魔なわけがない(WEB体験版) 第二章

「あのさ、ちっと相談に乗ってくんね?」
 どうやら俺は、女子中学生の相談に縁があるらしい。それまでの食い意地から空腹なのは明らかだったが、加奈子の相談とは「飯をおごって欲しい」ってことだった。
 それ自体は予想できていた範囲だったのでそれほど驚くことでもなかったが、驚きなのは――
「チッ、ファミレスかよ」
 素直に連れてきてやった、俺自身だ。らしくねーのは自分でもわかってるさ。
「もっとイイとこ連れてけっつーの。これだから地味なモテナイくんは……」
 加奈子は不満そうに、ブツブツと呟いている。
「おごられるくせに贅沢言ってんじゃねえよ。文句があるならこのまま帰んぞ」
「ごっめーん。おにーちゃんっ、加奈子にご飯食べさせてっ♪」
 ころりと態度を変えて媚びてくる。
 誰がてめえの兄貴だクソガキ。生意気な妹は一人で十分なんだよ。
 ともかく、夜中であまり混んでいなかった店内に案内される。禁煙席な、一応。ただでさえ加奈子がガキっぽいせいで店員に怪しまれてるのに、通報される要素を増やしたくはない。
「これと、これ……ライスね。あ、デザートはこれで、食後。あとドリンクバーも」
 人の財布だと思って遠慮なく頼みまくりやがって。やっぱりファミレスで正解だ。ちなみに俺は、腹が減ってないのでドリンクバーだけにしておいた。
 腰を落ち着けたところで事情でも聞こうとしたが、注文を終えた途端に加奈子はドリンクバーの方に走っていく。
 ぱたぱたと往復し、加奈子の椅子の前には飲み物が並んでいく。店の中で走んじゃねえよ。グラス何個使う気だよ。迷惑な客だな本当に。
「ね〜、おにーちゃんは何も飲まないの?」
「なにそのキャラ。まだ続けんのかよ」
「でもよー、兄妹っぽく振る舞った方が都合よくね?」
 ちらりと店員の方を見てから、加奈子は持ってきた飲み物のうちの一つを俺の前に置く。確かに、夜遅くに小学生の女の子を連れ回す高校生だと思われるより、飯を食いに来た兄妹だと認識された方がましだ。前者なら俺だけ通報されかねない。
 俺は置かれたグラスに口を付け、思わず吹き出しそうになる。
「お、お前っ、何入れたんだよ」
「加奈子の特製ミックス、CCリプトンな。どーよ、レモンティーみたいじゃね?」
「炭酸入ってる時点で間違ってんだろ」
「決めつけてんじゃねー。うまいとかまずいとか飲んでから言ってみろって」
「飲んでから言ったよね俺?」
「じゃあこれにすっか? ボスペプシ
 加奈子の手元にあるのは、いやな感じにでかい泡が立っている黒い液体。
「……こっちでいい」
 何でも混ぜりゃいいってもんじゃねえぞ。
「でもよ〜、おめーもこんな可愛い中学生と一緒にファミレスとか嬉しくね?」
 にやにやと笑っている加奈子は「どうせもてないし彼女とかいねーんだろ?」と言っているかのようだ。
「お前みたいなクソガキにおごっても嬉しくねーよ。ま、あやせなら別だけどな」
「うわっ、きめぇ。真顔で何言っちゃってんの。ほんと、桐乃とあやせが言ってる通りじゃねーの」
「……」
 一体、俺はこいつらの中でどんな風に話題になっているのだろうか。知りたいような、知りたくないような。
「あやせ、いつもセクハラされて困ってるってヨ」
「何……だと……」
 神は死んだ。スイーツ。
 やさぐれた気分で特製ミックスとやらをちびちび飲んでいるうち、注文の品がやってくる。加奈子はここでも食欲旺盛で、無駄口も叩かずもりもり食っている。こんなちんちくりんな体のどこにこれだけ入るんだ。
「なあ、そろそろ教えてくんねえか? 金も持ってねえみたいだし、どうしたんだよ?」
「でも〜、おめーにそんなこと話す義理なくね」
「さんざん俺の金で飲み食いしてよくそんなこと言えるな。ある意味、感動するよ」
「褒めんなヨ、照れんじゃん」
 褒めてねえよ。
「家出でもしたのか?」
「……ちげーし」
 不機嫌そうに顔を背け、真っ黒の液体が入ったグラスにストローをさしてずずずっと吸い込む。
「うげっ、マズッ! あにこれっ!?」
「ボスペプシじゃね?」
「うわ、この組合せありえねー」
「そのありえねー飲み物を無言で俺に押し付けようとしてんじゃねえよ」
「チッ……しゃーねーな、これでどーよ?」
「ストロー付けても飲まねえからな」
「えーっ、お兄ちゃん飲んでー。加奈子のファースト間接キス付きだよ?」
「……」
 間接キスにファーストもくそもあるかよ。つーか店員が近くにいる時に変な事を言うんじゃねえ。怪訝な顔されてんじゃねえか。
 俺が何も言えずに睨みつけると、加奈子はイヒヒと悪そうな表情を浮かべる。こいつ、本当に性格が悪いのな。
「でもよ〜、おごってもらってんのは感謝してっから。加奈子の中でランクが急上昇。そこんとこどーよ?」
「お前に好かれても嬉しかねーけどな。参考までに聞いてやるが、どんくらい上がったんだ?」
「桐乃の兄貴から、メシおごってくれるロリコンに」
「上がってなくね!?」
「桐乃とあやせから色々聞いてたから、桐乃の兄貴には近づかないようにしようってずっと思ってたんだよね〜。でも今は、メシ食わせてくれんなら同じテーブルについてもいいかなーってくらい」
「俺の評価どんだけ低かったの!?」
「まあまあ落ち込むなって。でさ、おごってもらっちゃってるわけだし、事情くらい教えてあげんヨ」
 そう言うと、加奈子はポケットに手を突っ込んで、携帯電話と繁華街で配っていそうないかがわしいポケットティッシュを取り出して、テーブルの上に置く。
「なんだそりゃ」
「加奈子、今これしか持ってないんだよね」
「えらい身軽だな」
 男に比べると、女の子は化粧品やら何やら色々と持ち物があって、桐乃も出かける時にはよく小さいバッグを抱えている。まあ、あいつの場合はその中にエロゲーが入っている事もあるわけだが、今はどうでもいい話だ。
「で、今日、うち誰もいねーわけ。みんな明日まで空けてんの」
「……ん?」
 そう言う場合、当然のように持っているはずのものが出てきていない。
「……鍵はどうした?」
「だから、帰れねーって言ったじゃんよ」
「つまりお前は、鍵を持ってなくて家に入れないってことなのか? で、財布も持ってなくてまともに飯が食えなかった、と」
「そんなとこ」
 アホだ。アホの子がここにいる。
 金を払えば鍵を開けてくれる業者もあると聞いたことはあるが、こんな遅い時間までやっているのかどうかもわからない。
「ちなみに、最後にメシを食ったのはいつだ?」
「お昼」
 十時間くらい飲まず食わずじゃねーか。そりゃ、腹減るわ。悪い噂を聞いてて近づかないようにしてる相手にだってメシたかりたくもなるだろうよ。
 まあ……でも、ある意味安心した。こんなしょうもねえ理由だったとしても、家族と喧嘩でもして帰れないってよりはましだ。
 正直なことを言うと、公園で落ち込んでいたように見えた加奈子を見かけた時、かつて親父と喧嘩して家を飛び出した桐乃の姿が少しだけ頭をよぎった。そんな理由ではなく、ただこいつがアホの子であるが故に、こんな状況に追い込まれたわけだ。
「お前がアホでよかったよ」
「んだこらァ! アホってなんだてめーっ! ケンカなら買ってやんよ!?」
 突然大声を出したせいか、加奈子はごほごほと咳き込みながらグラスを持ち上げて、中に入っていた黒い液体を口に流し込む。
「まずっ!」
 学習しろ。


「ところでお前、この後どうすんの?」
 自分で持ってきたホットコーヒーをすすりながら問いかけると、ぐてーっとテーブルに突っ伏していた加奈子はのろのろ顔を上げる。
「この後? ま、朝までドリンクバーで粘るしかねーかな。先に帰るなら会計だけ済ませてくんね? 朝メシ食べたいし、ちょっとイロ付けてお金置いてってくれてもいーヨ」
 本当に遠慮ないのなこいつ。
「俺としてはそうしてやっても構わないんだが、あそこの張り紙見てないか?」
「あん?」
「さっきトイレに行く時に見たんだが、子供は十二時過ぎたら追い出されるっぽいぞ」
「見た目でガキ扱いすんじゃねーよ」
「そう言う問題じゃなくてな、十八才未満はみんなアウトだってよ。条例だったか? 俺も詳しいことはよくわかんねえけど」
「えっ、なにそれ、マジ?」
「嘘だと思うなら見てこいよ」
「別に疑っちゃいねーし……つーか十二時ってもうすぐじゃん、やっべ。髪下ろしたら十八に見えっかな?」
「無理じゃね?」
「チッ、加奈子も魔法使えりゃ一発でエクスタシーになれんのによー」
「メルルかよ」
「……あん? なんか言った?」
「いや、何も」
 危ねえ、普通に突っ込んでた。俺がメルルを知ってるってのは、こいつには知られない方がいいだろう。こいつはアホだし、それが原因で桐乃がオタクってバレることはまずありえないだろうが、用心するに越したことはない。
 ちなみに加奈子が口にしていたエクスタシーという単語は、桐乃がハマってる星くずうぃっちメルルってアニメに出てくるもので、正確には「エクスタシーモード」だ。この状態になると、なんか強くなって見た目の年齢も上がる。そういうもんらしい。
 で、そう言うオタク文化に全く興味のないこいつがなぜそれを知っているかと言うと、とあるコスプレ大会で優勝してメルルの公式コスプレイヤー的な存在になっているからである。作品自体は全く見ていないはずだが、イベントに出ているうちに登場する単語などを覚えてしまったのだろう。
「でもさー、ああいうのって張っておかなきゃいけないってだけで、別に追い出されないんじゃね?」
「そうだといいんだけどな」
 などと話していると、店員が近づいてくる。携帯を確認すると日付が変わっていた。
 出て行けと言われるのか、それとも放っておいてくれるのか……判決を待つ罪人でもなった気分だ。心臓がバクバクいってら。
 俺たちのテーブルまで来た店員は「お済みの食器をお下げしてもよろしいですか」と言いながら皿や空いたグラスなんかをトレイにのせていく。
 とりあえず、帰れと言われなかったことにほっとする。いや、内心じゃ帰って欲しいのかもしれないが、直接そう言われなければ大丈夫だ。
 どうせだからこいつが調合した毒飲料も持ってってくんねーかな、とか思いながら店員が片づけているのを観察していると「あのさー」と加奈子が口を開く。
「あそこに張り紙あるケド、まだ居ても大丈夫だよね?」
「え? ええと、申し訳ありませんが、大丈夫……ではありません」