今日の長門有希SS

 10/0710/17の続きです。


『爆笑! ドラえもんゲーム』とは、参加者の中からドラえもん役となる一人を決めて行うゲームである。ドラえもんに選ばれたものは、まず今まで履いていた靴下を脱いで両手に装着し、その状態で握り拳を作って手首を靴下の上から結束バンドで結ばれることになる。
 と、ここまでが今のところわかっているルールであり、ドラえもん役に任命された古泉が受けている所業である。
「指が使えません」
 中で何やら指を動かしているようだが、炭酸飲料の表面のようにわずかながらでこぼことうごめくだけだ。よほどきっちりと結束バンドで留められたらしい。
 白い握り拳と青いブレザーの組合せはドラえもんじみているのでここまででタイトルの大部分は達成されているが、全てではない。
 爆笑、の部分が残っている。
「ええと――これで準備は完成しました、残りのメンバーでドラえもんを爆笑させるのが目的です。制限時間は五分間。手段は問いません」
 問わないのか。
 俺は、やはりドラえもん役にならなくてよかったと改めて安堵した。手段を問わないという注意書きがなくても、元々手段を問いそうにない奴がいる。
「なお、ドラえもん役の人が笑ってしまった場合、罰ゲームとして日付が変わるまで結束バンドを付けたまま過ごしてください――と、これで説明は終わりみたいね」
 恐ろしい補足があった。さすがの古泉の笑顔も凍り付いている。
 ドラえもん状態の古泉は、靴下の中で両手が握り拳の状態で固定されてしまっているらしい。この状態では箸はおろかスプーンを持つことだって難しいだろう。
 いや、問題はそれだけではない。この状態のまま下校しなければいけないのだ。不便なだけでなく、見た目からして怪しい。
 まあ古泉の場合は『機関』の仲間に助けを求めることはできるだろうが、それ以前に携帯を使って連絡を取れるかは謎だ。
 と、そこで俺は思い出す。そもそもこの『爆笑! ドラえもんゲーム』は古泉が持ってきたもので、出所はその『機関』だろう。一体何を考えて古泉にこれを託したんだ。
「なあ古泉、このゲームは誰の発案なんだ」
「森さんが飲み会の席でニコニコ笑いながら渡してくれました」
 酔っていたのか素なのかわからないが、どちらにせよ恐ろしい話だ。
「ちょっと二人とも、こそこそしゃべってんじゃないわよ。五分にタイマーがセットできたし、始めるわよ」
 何やらいじっていた携帯をテーブルに置くと、ハルヒは両手をわきわきと動かしながら古泉ににじり寄っていく。
「とりゃー!」
 妙な雄叫びと共に、まるでどこかの怪盗の三代目のようにジャンプして古泉に飛びかかり、マウントポジションを取り、その状態で古泉のワキを両手でまさぐる。
「うっ……くくっ……」
 顔を歪ませて、ハルヒに馬乗りになられたまま古泉がのたうつ。しかし体の上に乗っているハルヒを怪我させるわけにもいかないのか、力任せにはね除けるようなことはできないようだ。
「ちょっと、みくるちゃんも笑わせようとしなさいよ」
「は、はい!」
 メイド服をなびかせて右往左往していた朝比奈さんだったが、ハルヒの指示でびくんと体を震わせて、部室の中をキョロキョロと見回し……その視線が一カ所で止まった。
 朝比奈さんは棚に置いてあったそれを取りだし、机の上に広げて、棒状の物を取り出す。
 さて、朝比奈さんはSOS団に無理やり加入させられる前、ある部活動に所属していた。そう、それは書道部だ。
 だから、朝比奈さんの手元にあったのは、書道用の筆だった。筆を持った朝比奈さんは、古泉の足の方に周り、靴下を脱いだせいで剥き出しになった足の裏に筆を当てた。
「……」
 朝比奈さんは無言のまま、足首を掴んで古泉の足に筆を這わせる。何か文字を書いているのか、不規則な動きをしている。
「うっ!」
 それにより、古泉の体がそれまで以上にビクビクと跳ねる。朝比奈さんはそれを確認し「うふふ」と口元に笑みを浮かべた。
 特殊な性癖を持つ者なら喜びそうな状況だが、とりあえず俺はそういった状況で快楽を覚えるようなことはない。いや、相手が長門ならありえなくもないが、不特定多数の相手に欲情するほど節操がないわけではないのだ。
 と、そこで俺は長門の方に顔を向ける。とりあえずドラえもん役の古泉を笑わせようとしているのはハルヒと朝比奈さんで、俺と長門は今のところ傍観している状況だ。
「……」
 顔を上げた長門は、俺が見ていることに気が付いてわずかに首を傾げてから、読んでいた本を閉じて机に置く。そして、立ち上がって本棚に向かい、そこから一冊の本を取りだして椅子に戻る。
 参加する気はさらさらないのだろうと思ったが、長門の持っている本のタイトルが目に入って、俺は自分の考えが間違っていることを知る。
 その表紙には『彦一とんちばなし』と書かれていた。
「彦一兄弟」
 長門はその本の音読を始めた。