今日の長門有希SS

 長門の家に通うようになって、それ以前に比べて家事をやる機会が増えた。自宅ではいつの間にか親がやっているようなこと、例えば掃除などは俺か長門のどちらかがやらなければいつまで経っても終わらない。まあ、たまに遊びにくる朝倉が勝手にトイレや廊下を綺麗にしていることもあるが、そういうのは例外と言っていい。
 そもそも俺が長門の家に入り浸るようになったのは、長門の食生活を懸念してのことだ。長門は美味い物が嫌いではないが、手間をかけてまでいいものを食べようとしない。放っておけばコンビニの弁当やレトルト食品で食事を済ませてしまう。
 そうなってしまったのは、高校に入った頃まで朝倉が世話を焼いていたせいだ。過保護にされた子供のように、長門は自分から動こうとしない性格になってしまったのだろう。俺が服を脱がせたり着せたりすることもある。いや、それは半分は遊びの一環だが。
 そういった事情であるが故、俺が長門の部屋で行う家事の大部分は炊事である。料理を作り、食器を洗う。慣れていなかった頃はともかく、ある程度慣れてしまうと料理も楽なものだ。学校の帰りに長門と二人でスーパーに寄り、それなりにバランスが取れるように買い物をして帰る。そして、あまり凝ったものではない料理をする。大抵の食材は炒めてしまえばそれらしき料理になるので、肉類と野菜を炒めた物という、明確な料理名のないものが食卓に並ぶことが多い。
 どちらかと言うと、食事を作るよりも片づけるほうが面倒である。食器洗いは二人でやったからといって時間が半分に短縮されるわけではない。長門と喋りながら食器を洗うのは、時間短縮より退屈しのぎといったほうが適切だ。効率を考えると、交代制にして一人でやったほうがいい。
 数回分をまとめて洗うことで総計の時間を短くする方法もあるが、一回あたりの食器洗いにかかる時間が相当長くなるのでうんざりしてしまう。食器を洗う時間を短くするには、単純に使う食器を減らせばいい。
 だから、料理をする時は洗い物を増やさないことを頭の片隅においている。おかずなどは取り分けないで大皿に入れて出せばいい。自宅では小皿に取り分けて食べているが、ここでは皿から直接食べることも多い。
 今日の食事は、ご飯とメインとなる野菜炒めだ。使っている食器は茶碗と箸と大皿。まな板や包丁は俺が炒め物をしている横で長門が洗っていたので、台所にある洗い物はフライパンと鍋。あとは菜箸やお玉なんかもあるが、それほど多くはない。
 俺は茶碗の上に箸を置いて、麦茶の入ったコップに手を伸ばす。一般的な家庭ではあまり箸置き使わないだろう。俺の家でも長門の家でもそうだ。
 カラン。
 箸が食卓に落ちて、更に転がる。俺の手はコップを握っているので、手を伸ばすことができない。箸はそのまま転がり、床に落ちた。
「……」
 床から箸を拾いながら、食卓の上に視線を戻す。残っているのはご飯が少々。おかわりをするつもりはなかったので、これを食べれば終わりだ。
 しかし、箸は一本が床に落ちてしまっている。
 落ちてしまった箸を洗うか、新しい箸を出すか。どちらにしてもなんとなく負けてしまった気がする。残る一本でどうにかご飯を食べることができないだろうか。手を使うのはマナーが悪すぎるよな。
「はい」
 ふと、目の前に野菜炒めを掴んだ箸が突き出された。長門が俺の顔を見ている。
「ええと」
「あーん、する」
「いや、それは」
 俺は思わず戸惑ってしまう。いくら長門の部屋にいるからって――
「あーん」
「……あーん」
 押し切られるように、長門の箸で運ばれた野菜炒めを口に入れる。続いて長門は、身を乗り出して俺の茶碗に箸をつっこみ、残っていたご飯を俺の口に向ける。
「あーん」
「……あーん」
 ご飯を食べて、お茶で流し込む。これで俺の食事は終わりだ。
「これでいい?」
「あ、ああ」
 長門は俺の表情から考えたことを察して、食器を洗わなくて済む方法を選んでくれたのだろう。その点で、俺は長門に感謝すべきなのかも知れないが、一つだけ問題がある。
「わたしがいるんだけど」
 呆れたように朝倉が呟いた。