今日の長門有希SS

 SOS団のメンバーは俺を含めて五人いる。
 団長のハルヒを中心に団員は俺と長門と朝比奈さんと古泉の四人。準団員も含めるとその倍くらいに人数はふくれあがる。
 と言ったわけで、俺が部室の扉を開けた時点で誰かがいるのは珍しいことではない。単純に人数で割ってみると、俺が最初になるのは週に一回くらいになる。
「珍しいな」
 部室の入り口で俺は思わず足を止めた。誰かがいるのは当たり前でも、その組合せに驚くことはある。
「あ、キョンくん」
 こちらを振り向いたのは朝倉だ。部室の中にいるのは、朝倉と古泉と長門。朝倉がいること自体はそれほど珍しくもないのだが、大抵の場合は長門に用があってやってくる。
 しかし今回は違う。長門は窓際にパイプ椅子を置いて一人で読書をしていて、朝倉は古泉の隣に座っている。しかも朝倉と古泉の間には雑誌が開かれていて、朝倉が身を乗り出している状態だ。
「一体何を企んでいるんだ?」
「企む? わたしはただ、彼と一緒に雑誌を読んでるだけよ」
 朝倉は劇的なことを好む傾向がある。言葉をそのまま信用するわけにはいかない。
 しかし、絡まれてさぞや困っているだろうと思いきや、古泉も興味深そうにその雑誌を覗き込んでいる。
 ぱっと見、男性向けのファッション誌のようだ。どちらかと言えば頭より先に手が出そうな、チョイどころじゃなく悪そうな男たちの写真ばかりが並んでいる。
「一体、何を読んでいるんだお前ら」
「ナイフの本」
 朝倉は本を持ち上げてこちらに表紙を示す。メンズナイフとかいう、企画した人間の頭を疑いたくなる本だった。
「ていうか、ナイフ専門の雑誌なんて出ているのか」
 専門書ならともかく。
「そう、隔週なの」
 やけにリアルだな。
「で、朝倉がそれを古泉に見せているのはどういった風の吹き回しだ?」
「見せてって言われたから」
「そうなのか古泉」
「ええ。彼女が読んでいたのを気になって、声をかけてみたら読ませていただくことになりました」
 あくまで笑みを浮かべたまま俺に顔を向ける。表情を見る限り、営業スマイルではなく普通に笑っているような印象だ。
 とりあえず、朝倉に困らされているようではない。いつも涼しい顔をしている古泉だが、もし朝倉が本気で絡みだしたら嫌がっているはずだ。
「そのページは何なんだ」
「これはナイフに似合うファッションのパターン。ほら、全部どこかにナイフが写ってるでしょ?」
 片手にナイフを構えているものもあれば、チェーンを付けてポケットからぶら下げているもの、こめかみに突き刺さっているものなど様々。
「わたしはサバイバルナイフが好みなんだけど、折り畳み式のバタフライナイフがいいのよね? それをポケットに忍ばせているなら、こういう感じかな」
 朝倉が示したのは、黒い皮ジャンにジャラジャラと金属製のアクセサリーを身に付けたタイプだった。
「なるほど、勉強になります」
「そんなもんを勉強してどうするつもりだ」
「私服のバリエーションとして取り入れようかと思います。もちろん『機関』の皆とも相談してからですが」
「まあ、好きにしろ。高校デビューにしてはちょっと遅いと思うが」
「それより、キョンくんはどう? ナイフ持ってみない?」
 キラキラした目をこちらに向けている。古泉の方に布教が終わって、今度はこちらに矛先を変えようってことか。
「御免こうむる」
「まあまあ、そう言わないで。長門さん、こっちに来て一緒に見ようよ」
「……」
 長門はこちらに顔を向ける。何をバカなことを話しているのだろうと思っているに違いない。
 しかし長門は、栞を挟んで本をぱたんと閉じ、立ち上がってそれをパイプ椅子に置いた。そしてこちらに歩いてくる。
「おい長門、まさかお前も乗り気なんじゃないだろうな」
「悪くはない」
「そうですよ。あなたもナイフの魅力を知ってしまえば、僕と同じようにファッションから変えたくなるはずです」
 と、妙にキラキラした光を目に浮かべている古泉。なんだこの、洗脳されたような状態は。別におかしな能力を使って頭をいじったわけじゃないよな。
「ん、純粋に説得しただけだよ」
「そうかい」
キョンくんはナイフにトラウマがあるみたいだし、まずはこのページからかな――」


 その日は、それからしばらくしてハルヒが来るまで朝倉によるナイフ説法が続いた。危うく俺も数種類のナイフを買ってみようかと思っていたところだが、しばらくナイフのことを頭から追い出すことでその魅力を追い払うことはできた。
 なおその翌朝、頬に絆創膏を貼った古泉が「新川さんの賛同は得られましたが、森さんに怒られました」と言っていた。