今日の長門有希SS

 今さら述べるまでもないが、長門は読書をしている。それは趣味の領域を遥かに越え、もはやライフワークと言っても過言ではない。
 例えば部室にいる時、ハルヒが何かおかしな提案をしたり、ボードゲームに混じったりする以外は、常にページをめくっている。考えてみれば本来あの部室は文芸部の物で、長門も文芸部に在籍しているのだから、あの部屋にいる間は本を読み続けるのが自然なのかも知れない。
 ともかく長門は本を読む。部室の中だけに限らず、SOS団で出かけて手の空いた時もそうだ。俺の部屋に来た時はそれ以外のことで時間を過ごすことが多いが、長門のマンションでは何かの合間に本を読む。
 DVDなどと比べた本の利点としては、中断や再開が極めて早い。何しろ栞を挟んで本を閉じれば中断できるし、それを開けば再開できる。一般的には段落などの区切りで中断する物だとは思うが、別にストーリーの真っ最中で中断しても何ら問題はない。読み直す時に状況を把握するのにちょっと時間がかかる程度か。
 しかし、そんな読書でも、どうしても中断できない事態がなくもない。


「……」
 一緒に布団に潜り込んでから、最初仰向けだった長門は掛け布団の中で寝返りを打つように体を回転させ、うつぶせになると枕元の本を開いた。
「まだ読むのか?」
「続きが気になる」
 本によって面白さはまちまちだが、今日のそれは長門の好みに合っているらしい。本当は食事を作るはずだった長門の手つきがおぼつかなかったので交代してやると真っ先に飛びついたし、まるで新聞を読む出勤前のサラリーマンのように食事中も手放さなかった。図書館で借りた本なので粗末にはできないが、もし自分で買った物だったら風呂場にも持ち込んでいただろう。それくらい、今日の長門は集中していた。ま、面白い物があるってのはいいことだ。
「ところで、電気を点けなくていいのか?」
 今は豆電球――いわゆる常夜灯だけ。何も見えないことはないが、ちょっと薄暗い。
 長門は暗い部屋で本を読んだところで目が悪くなったりはしないだろうが、この暗さは普通に読みづらいだろう。実際、覗き込んでみると文字が紙に溶け込んでいるようにぼやけている。
「いい。明るいと目がさえてしまう」
 そんな分厚い本を読んでる時点で眠気なんぞ吹っ飛びそうだけどな。
「あなたの目がさえる」
 俺だけ寝ても構わないってことか。まあ今回は集中しているようだし、先に寝てもいいか。大したことのない本なら読んでいても雑談に付き合ってくれるが、今はそっとしておいてやろう。
「でも、これで読めるのか? 別に俺は明るくてもいいんだぞ」
「問題ない」
 こちらに顔を向けた長門の目は、どこかしら猫のように見えた。
「通常より瞳に入る光が増幅されている。これでも昼間のように明るい」
「それは人間レベルなのか?」
「実現できないことはない」
 多少いかさま紛いのようだが、別にいいだろう。
「じゃあ、俺は横になってる。あまり夜更かしするなよ」
「わかった」
 目を閉じると、長門の息づかいとページをめくる音だけが耳に入ってくる。目を開けて頭を傾けると、熱心に読書をする長門の横顔が目に入った。
「ちょっとトイレに行ってくる」
「……」
 わずかに首を縦に振る。
 立ち上がり、俺は何気なくスイッチを切り替えて電気を点けた。
 ぱちりと音がして部屋が明るくなる。
「あ――」
 目を押さえて、長門は布団の中でじたばたしていた。釣り上げられた魚のように。
「う、うう……」
 呻きながら長門は掛け布団の中に潜り込む。
「ひょっとして……今って、お前にとってはかなり眩しいのか」
「カメラのフラッシュくらい」
 丸まった布団から声が返ってくる。フラッシュって、そりゃかなり眩しいんじゃないか。
「悪かった。大丈夫か?」
「いい。わたしも迂闊だった」
 布団から出られないようなので、俺は再び常夜灯に戻す。薄暗いがこれでもトイレには行くことができる。
「……」
 布団を通してわかったのか、長門がもぞもぞと出てきて本を読み始める。
「じゃあ行ってくる」
「わかった」


 その後、トイレから戻ってドアを開けた時にまた明るさの差で長門を悶絶させてしまうことになる。