今日の長門有希SS

「みくるちゃん、なに見てんの?」
 活動が終わると俺たちはまとまって下校する。これはハルヒに強制されているわけではないが、どうせ途中まで同じ方向なのだから別々に帰るまでもない。
 用事があって先に帰る時は一人で坂を下ることになるのだが、SOS団の活動があるとわかっているので友人に誘われることもないし、家族だって俺が早く帰ることを端から期待しておらず、用事なんて滅多にない。だから俺は、ここしばらく一人で下校した記憶がない。
 今日は五人で歩いていた。誰かしら欠けることも珍しくないが、こうして全員揃っていることも珍しくはない。ま、そんなことはどうでもいい話だ。
 ハルヒを中心に長門と朝比奈さんを含めた女性陣が前を歩き、古泉と俺がそれから少し離れてそれに続いている。相変わらず小難しい古泉の話を聞き流していると、朝比奈さんに呼びかけるハルヒの声が耳に入ってきたわけだ。
「道に珍しい物でもあった? まさかツチノコでもいたとか?」
 朝比奈さんは車道の方に顔を向けていて、ハルヒもそれに倣っている。ツチノコなんて不穏当な単語が飛び出してはいるが、本気でそんなもんがいると思っていないことを期待したい。
「えっと、生き物じゃないんですけどぉ」
 朝比奈さんはそう言って手を持ち上げ、車道を指差す。つられてそちらに目を向けると何か白い物が落ちていた。
「あれ、何かなって」
「軍手じゃないですか?」
 道路に落ちている布製の物は軍手と相場が決まっている。車道の向こう側なのではっきりと見ているわけじゃないが、二つの軍手を丸めた物に形がよく似ている。他にそのような形状の物があるかと問われればまとめた靴下くらいだろう。
「決めつけるのはよくないわよ。もしかしたら、あれが未知の物体かも知れないじゃない」
 また始まった。軍手ではないことをハルヒが望めばそうなる可能性があるわけだが、この時点で布を丸めたものであることがわかっているので、仮に軍手じゃなかったとしても大した物ではないはずだ。
「どうしろってんだ」
「確かめてきなさいよ」
 ここまではまあ予想通りだ。このあたりには横断歩道がなく、細い道だがそれなりに車は通るので、車の間を縫って注意して向こう側に渡らなければならない。
 もし轢かれそうになっても宇宙人と未来人と超能力者と神っぽい奴がいればどうとでもなるだろうが、無駄にトラブルを引き起こす必要もない。左右を見回し、小走りで反対側まで移動した。
 危なげなく渡りきって落ちていた軍手風の物を拾う。布の感じは軍手っぽい。
「取ってきたぞ」
 再び道路を渡ってハルヒたちの元に戻った。布の塊を手渡そうとするが、ハルヒは手を引っ込めたままだ。
「もし罠でもあったら危ないじゃない。あんたが裏返してよ」
「俺の手はいいのか」
「怪我をしたら看病してあげるから安心してひっくり返しなさい」
 こいつに反抗しても無駄だし、そもそもこんな布の塊に危険はないだろう。溜息をつきつつひっくり返して見ると、細い突起が数本出てきた。
「やっぱり軍手だったな」
 靴下や下着になっているくらいは覚悟していたが、それは単なる軍手にすぎなかった。
「……」
 ハルヒは腕を組み、唇ととがらせている。もっと特殊な物を想像していたからありきたりな物で不満なのだろうか。
「そもそも、どうして軍手は道路に落ちてるのかしら」
 そっちに来たか。
「トラックから落ちたという説があります」
 口を挟んできたのは古泉だ。どうでもいい知識を持ってる奴だな。
 このあたりの道はトラックが通ることもあるし、それらが落とした可能性はある。
「トラックって、どうして?」
「何かのタンクのカバーとして使っている人がいるそうです。もっともカバーとして使われるのは一枚だけですが」
「そういえば、片方だけのことが多いわね」
「今回のように丸めた状態の物は、別の理由で落ちてしまったのではないかと思われます。例えば、荷物と一緒に荷台に置いてあった軍手が、カーブの遠心力で転がり落ちた……とか」
 ちょうどここは曲がり角になっているので、古泉の仮説にはそれなりの説得力がある。
「ふうん、なるほどね」
 ハルヒが納得したようなので、この件は一段落した。


「わたしも軍手についての話は聞いたことがある」
 解散した後、長門がそんなことを口にする。あれについては古泉の説明でいいんじゃないのか。
「道路に軍手を落とすアルバイトがあるらしい」
「アルバイト?」
 それがアルバイトであるというなら、何者か金を払ってまで軍手をばらまいているってことか。一体、誰がどんな得をするんだ。
「知らない。でも匿名掲示板で見かけた」
 そりゃ信憑性がないな。
喜緑江美里もそのアルバイトがあると言っていた」
 そりゃかなり信憑性がないな。
「でも、彼女はアルバイト情報誌に求人を出したと聞いている」
「雇う側かよ」