今日の長門有希SS

 毎日、放課後は部室で過ごす。それだけを聞けば熱心に活動をしているように思われるかも知れないが、俺たちSOS団はただ時間を潰しているだけで有意義なことをしているわけではない。もしSOS団で費やした時間を勉強していれば成績も上がっていただろうし、運動部で過ごしていれば今頃それなりに体力がついていたに違いない。
 しかしながら、順位が高いわけではないが追試になるほど点数が低いわけではないし、毎日の登下校が強制ハイキングなせいか体力だってそれなりにある。それでも体育の内容がマラソンだったりすると、どうしても運動部の連中と差がついてしまう。
 そんな日は、ボードゲームをしながら古泉に愚痴ることになる。今は温かい部室で朝比奈さんが淹れてくれたお茶を飲みながら過ごしているが、あの時間を思い出すと寒気がする。
「あんたまたその話?」
 ハルヒの横やりが入った。俺が話を振っていたのは正面に座る古泉だが、椅子にふんぞり返って週刊誌を眺めていたハルヒの耳にも入っていたのだろう。教室とは違い、狭い部室では誰かが話していると耳に入ってくる。特に今のように会話していたのが俺と古泉だけだったら、全員に聞こえていただろう。
「仕方ないだろ、また体育がマラソンだったんだから」
「ま、最近は特に面白いこともないし、話す内容が授業のことになるのはわかるわ。特に嫌なことの方が話題にしやすいわね、めんどくさい宿題とか、授業が終わってもなかなか出ていかない先生とか。でも、マラソンで疲れたって話はもう聞き飽きた気がするのよ。どうせ今回も校舎の周りを走らされたんでしょ?」
 ハルヒの言う通り、今日の体育では校舎の周辺を走らされた。グラウンドのトラックをぐるぐると走らされるよりは変化があっていいが、何度も走らされると感慨もなくなる。
「煮たようなことがあったとしても、あんたみたいにつまんない上に同じことばかりしゃべってると酔っぱらったおじいちゃんみたいよ。若い頃に苦労したとか、戦争が大変だったとか」
「じゃあ、どうすりゃいいんだよ」
「ただ疲れたって言ってるだけじゃダメなのよ。同じ場所を走っても、その時によって風景も違うし、別の事件も起きるでしょ。そのことを話せばいいじゃない」
「例えばどんな感じだ」
「マラソンをしていたら桜が咲いてて綺麗だったとか」
「今はいつだよ」
「校舎の近くで首から下は人間で頭が鳥の生き物を見かけたとか」
「そんな化け物がいてたまるか」
「うるさいわね、そんなところ走らされてないからわからないのよ!」
 キレるなよ。
「同じことがあったとしても違う話ができるくらいじゃないとつまんないのよ。似たような話ばかりを何年も何十年もされるほうの立場も考えてみなさい」
「ぞっとしないな」
 仮に高校を出たとしてもハルヒは永遠にSOS団を続けそうだし、そうなると何十年という言葉が誇張ではなくなる。そもそも卒業するのも――まだまだ先のような気がする。
「古泉くんは話上手だし、体育の話だって面白く話せるでしょ?」
「え?」
 我関せずとばかりにニヤケ面を浮かべていた古泉だったが、突然話を振られて戸惑いを見せる。それでも総合的に見ると笑顔なのはさすがだな。
「どう?」
「そうですね。彼と同様、僕のクラスでも本日体育がありました」
「ふんふん」
「内容はバレーボールです。とは言っても試合ではなく、ひたすら練習ですね。サーブやレシーブなど」
「それで?」
「ええと、教科担当の先生が……首から下は鳥で」
「んなわけあるか」
 この辺で否定しておかないと人外の教師が現れかねない。
「古泉くんでも授業の話をおもしろおかしくするのは難しいのかしら」
「ご期待に添えなくて申し訳ありません。何の変哲のないエピソードを面白く話すのは難しいですが、特別のエピソードを話した方がいいのではないでしょうか」
「そうね……キョン、最近なんか特別なことはあった?」
「いいや。放課後も週末もSOS団の活動があるからそれどころじゃないしな」
「自分では特別に思えなくても、他人からみれば特別なことってけっこうあるわよ。そんなのでもいいわ。心当たりはない?」
「さあな」
 自分で特別でないと思っているなら、それを話すのは難しいんじゃないか。
「あんたが普通だと思ってることを話してみなさいよ。学校にいる間は平凡な暮らしをしてるみたいだけど、家でおかしな習慣があるかも知れないし」
「そうだな……朝は妹に起こされることが多いんだが、これは普通だよな」
「早速、珍しい話が出てきたじゃないの。どこのエロゲーよそれ」
 やましいことはしていないからな。
「家を出てからは普通だ。登校中に会ったこともあるだろ」
「そうね。つまんなそうな顔をしてダラダラ歩いてるあんたを見かけたことが何度もあるわ」
 つまんなそうってのは余計だ。
「で、学校が終わってからは――」
「わたしのマンションに入り浸っている」
 長門がぼそりと呟いた。


 その後、ハルヒに馬乗りになられ「普通じゃない!」「普通じゃない!」とボコボコにされることになる。