今日の長門有希SS

「どうぞ」
 放課後、部室に到着し椅子に座った俺の前にお茶が出る。この部室の雑務を担当するのは朝比奈さんで、今日も見目麗しいメイド服姿に身を包んでいる。俺は長門と交際しており他の者に心動かされることはないが、朝比奈さんの立ち居振る舞いによって和みを覚えているのは否定できない事実である。
「ありがとうございます」
 俺は礼を言ってお茶に口を付ける。
 SOS団の環境は朝比奈さんによって整えられている。普段はあまり意識していないことだが、もし朝比奈さんが来なければ、こんな美味いお茶だって飲めなくなる。
 ちなみに今日は紅茶だ。俺だって紅茶を淹れることはできるが、あくまでそれはできるというだけで、美味く淹れるコツなんかは知らない。だから、朝比奈さんの存在はSOS団にとってかけがえのないものである。
 朝比奈さんにはにこにこと笑い、俺たちの間を歩き回っている。今日の朝比奈さんは普段より機嫌がいいようだ。まあ、戸惑いなどは表情に出やすい朝比奈さんだが、不機嫌なところはほとんど見た記憶がないのだが。
「お代わりをお願いできますか?」
「はぁい」
 空になっていたカップに新たな紅茶が注がれる。
「ありがとうございます。いつもにも増して美味しいですよ」
 朝比奈さんの機嫌のよさが紅茶の味にも影響を与えているのか、それとも朝比奈さんによる癒し効果がそうさせているのかわからないが、今日は特にそう感じる。ほっとするというか、なんというか。
「ふふっ、わかっちゃいますか?」
 俺の言葉に対し、朝比奈さんは微笑みの度合いを強くする。
 わかる、と言うからには何か秘密があるのだろうか。
「葉っぱが違うんですか?」
「いいえ、葉っぱはいつもと同じですよ」
 どうしてでしょうね、と首を傾げて見せる。
 その仕草に、俺は失礼ながら小学生の我が妹を連想してしまった。豊満な体を持ちながら幼いあどけなさを備えた朝比奈さん。ハルヒが萌えキャラと認定して拉致をしてしまったことを今さらながら納得する。
「葉っぱが同じなら、淹れ方が違うんじゃない? 温度管理とか」
 横からハルヒが口を出してきた。俺との会話が耳に入ったらしく、頬杖をついてマウスをカチカチ鳴らしながらこちらに顔を向けている。
「それもいつも通りです」
 葉っぱも淹れ方も同じ。それでどうして味に差が出るのだろうか。
 残ったのは俺の気の持ちようだが、それなら朝比奈さんが「わかっちゃいますか」なんて言うはずもない。
 よく料理の隠し味に愛情なんて陳腐な言葉を口にする者がいるが、残った要素はそれくらいしかない。しかし、そんなことを言ったらハルヒに馬鹿にされるだろうな。
 降参です、と言いかけたところで先に口を開く奴がいた。
「ここでは初めて見かけるティーポットですね。持って来られたんですか?」
「はい、そうなんです。家のティーポットを新調したから、今まで使っていたのを持ってきたんです」
 正面で座るニヤケ面に、朝比奈さんが嬉しそうにそう答えた。
 よく見てやがるな。言われてみれば、確かに今までに見たことがないデザインだ。
「これ、お気に入りなんですよ。だからお茶を淹れるのがいつもより楽しくて」
 朝比奈さんの気分によるものなら、愛情という考えもあながち間違っちゃいなかったのかも知れないな。
「ふうん、わからなくもないわね」
 意外なことにハルヒが同調した。
「あたしも愛着のあるペンとか使ったほうが、授業中も有意義に過ごせるような気がするし」
 雑談ばかりして真面目に授業を聞いていることの方が少ないように思うけどな。ハルヒはいつも、どうでもいいような話題を授業中にふってくる。おかげで俺の成績も上がる気配を見せない。
「あんたもお気に入りの物とか使ってテンション上がることはないの?」
「さあな、自分でわかるようなものはないな」
「わたしは知っている」
 そこで口を開いたのは、今までずっと読書をしていた長門だ。いや、今までという表現は正しくない。こちらを見ることなく本に目を落としている長門は、今もまだ読書中だと言える。
「あら、何の話?」
「彼は新たな調理器具を買うと何度もそれを使った料理を作ろうとする。ここ一週間でチーズフォンデュを三度ほど食べる羽目になった」


 こうして遅くまでハルヒに問いつめられるのもまた、いつものことである。