今日の長門有希SS

 風呂でぽかぽかと体が温まり、眠くなったところで布団に入った途端、ひんやりとした冷気で眠気が覚めたという経験は誰にもあるだろう。寝室は十分に暖まっていても、それまで重ねていた布団は十分に温まっていないわけだ。室温と同じ温度を保つような素材があればこういったことは防げるのだろうが、もしそんな素材があったとすると体温すら外に逃がしてしまうので、布団としての用をなしていない。
 ともかく、中身の素材の側からのアプローチではどうしようもないので、ひんやりしないタイプのシーツや布団カバーを使う、湯たんぽや乾燥機で布団を温めておくといった工夫が必要になる。まあ、眠気が吹き飛ぶと言っても、ちょっと冷えたくらいで長時間眠れなくなるようなことはないので、布団に入った瞬間だけ我慢するというのも一つの手段だ。
 毛布を使うのも簡単だ。毛の布と書くように、一般的な毛布はもこもことした素材で作られており、触れると暖かみを感じる。
 というわけで、俺は布団に潜り込んで毛布にくるまった。布団の表面がまだ冷えていても、こうしていればその冷たさを感じる部分が少ない。
「……」
 そんな俺を、ベッドの横に立つ長門がじっと見下ろしている。
「入らないと寒いだろ?」
 俺の言葉には答えず、長門は掛け布団をめくる。そして、毛布を手で掴んだ。
「……」
 そして無言でそれを引きずり出した。まるで宴会芸のテーブルクロス引きのように、毛布は一瞬で布団の外に出た。そして、俺の体はネジのようにくるくると回転する。
 体がスピンしたことで小さなつむじ風が巻き起こった。空気の流れが俺の体を冷やす。
「何をするんだ」
 俺は慌てて掛け布団を両腕で掴み、体に密着させる。表面がひんやりとしているが、そんなことも忘れてしまう。
「毛布は掛け布団の上にのせた方が効果的」
「そうなのか?」
「羽毛の場合はそう。構造的に」
 まあ、長門が言うのなら間違いはないだろうが、そんなことより布団に入った瞬間の冷たさの方が問題なんだけどな。
「冷たい中で温かいものに触れた方が心地がいい」
「そりゃわかるが」
「毛布よりも人体の方が温かい」
 言いながら、長門が布団の中に潜り込んでくる。
「どう?」
「温かいな」
 雪山で遭難した時、人肌で温めるという逸話を思い出す。実際にやっている奴がいるかどうか知らないが、今の状態を考えるとそう悪いものでもないのだろう。
「試す?」
「何をだ」
「部屋を冷やせば雪山遭難の気分がわかる」
「しなくていい」
「そう」
 いや、そこまで温度を下げたら凍死の危険だってあるだろう。
「問題ない」
 まあ、長門が管理するなら死ぬようなことはないだろうな。
「仮にマイナス二十度で一晩過ごしてもわたしは大丈夫」
「俺が大丈夫じゃないんだが。凍死する」
「わたしがさせない」
「じゃあ温度を下げないでくれよ」
「……わかった」
 長門は少しだけつまらなそうなにそう言った。


 もちろん、そのような命の危険に身を晒すことはなく、俺たちは普通に寝た。