今日の長門有希SS

 01/0601/07の続きです。


「あら、いらっしゃい」
 俺たちが長門の部屋を訪れると、エプロン姿の朝倉が俺たちを出迎えた。俺としてはこの部屋に朝倉がいるシチュエーションにすっかり慣れているが、ハルヒたちにとっては違和感があるだろうか。
 もっとも、長門の部屋を頻繁に訪れている者はそれほど多くないわけで、そういう問題ではないだろうが。
「お邪魔させてもらうわ」
「どうぞ」
 にこやかな朝倉に案内され俺たちはリビングへ。そこにはカセットコンロと大きな鍋がある。
「これは……」
「おでんよ。長門さんに頼まれてね」
 思い返してみると、朝倉にセッティングを任せると長門が言っていた。授業が終わるまでは教室にいたはずの朝倉がどうやってこの短時間でおでんを作ったのかはわからない。
「昼休みにいったん帰って作ったのよ」
 学校からの往復だけで休み時間が潰れてしまいそうだが、その辺は朝倉ならどうとでもできる。もっとも、わざわざ昼休みに帰らず数分でおでんを作り上げることも不可能ではないだろう。
「で、俺たちはどうすりゃいいんだ」
長門さんには食べないで待つように言われてるけど……お腹空いてる?」
「いや」
 今回は活動をすっ飛ばして帰ってきたからまだ腹が減るような時間じゃない。目の前の鍋から出汁と醤油のいい匂いはするが、食うなと言われるものに無理に手を出すような不作法者ではない。
「ご飯は?」
「一応、長門さんに言われて炊いているわよ。もちきんちゃくの他に練り物も多めにしているから、いらないと思うけど」
 ハルヒと朝倉の間にはどことなくぴりぴりとした空気が漂っている。口論自体は朝だけしかやっていなかったが、ただ放課後まで結論を先延ばしにしただけなのだ。
 この二人の間の空気が張りつめていると、俺たちも口を挟みづらい。困ったものだ。


 そんな微妙な状況でしばらく待っていると、玄関から物音が聞こえてきた。
「お待たせ」
 ビニール袋を大量に抱えた長門が現れた。中には食材が入っているようだ。
朝倉涼子はこちらに。他のみんなは座っていて」
 手伝おうとしたが、そう言われてしまうと手を出すわけにはいかない。キッチンに消えていく長門と朝倉を、俺たちはコタツに入ったまま見送る。
 沈黙が続く。果たして長門は、どうやって朝の議論に決着を付けようと言うのか。
 しばらく経って長門だけが戻ってきた。無言でコタツに入り、お玉を使っておでんの中身を取り皿に移していく。
「はい」
 そしてそれをハルヒの前に置く。
「ご飯は?」
「いいから食べて」
 渋々、といった様子でハルヒは取り分けられたおでんを黙々と口に入れていく。大根、ちくわ、ゆで卵……などなど。
 おでんにはご飯がいらないと言い張った朝倉とは違い、ハルヒはご飯が必要だと言っていた。そんなハルヒに食わせるからには、何かこれを食べるだけでご飯がいらなくなるような秘密があるのだろうか。
「どう?」
「ご飯が欲しいわね」
 そうでもなかった。
「有希、これが何なの? やっぱりおでんを食べる時にはご飯が欲しいって改めて思っただけなんだけど」
「説明のために、手伝って欲しいことがある」
 そう言って長門は立ち上がり、キッチンの方に向かう。わけもわからずそれについていくと――
長門さん、やっぱりご飯を食べたいんだけど……」
 ホットプレートで一人焼き肉をやっている朝倉がいた。


 それから、皆でホットプレートや材料を移動させることになった。コタツ机の上には、カセットコンロに据え付けられたおでん鍋と、肉がじゅーじゅーと焼けているホットプレートがある。おでんと焼き肉を同時に食べるというやや不思議な光景が展開されているわけだ。もちろん、ご飯もある。
「あの騒動はなんだったんだ」
 ハルヒと朝倉は特に揉めるようなこともなく、和気藹々と食事をしている。
 結局、長門がやったのはハルヒと朝倉にお互いの苦痛を味わわせただけだった。そのことが実を結んだのかどうか、俺にはよくわからない。
「揉めるくらいなら、いっそのこと両方を同時に食べればいい。食にタブーはない」
 ま、おでんと焼き肉を一緒にやってはいけないなんて決まりはどこにもないしな。
「この食べ方って悪くないわね。そうだわ、SOS団の定番にしましょう!」
 上機嫌のハルヒがそんなことを言いだした。まじかよ。
「いつもやるなら、おでんと焼き肉って言い方だとちょっと長いんじゃない?」
「いいこと言うわね、涼子。それじゃあ、みんなで何かいい名前を考えるわよ。名前を付けた方がブームを作りやすいのよ、草食系とか婚活とか」
 一気に燃え上がってすぐに収束しそうだな。
キョン、ぶつぶつ言ってないでなんかいい案を出しなさいよ」
「おでんと焼き肉か? おでん、肉……どうひねっても語呂が悪そうだぞ」
「センスないわね。こういうところでいいアイディアを出せないからヒラなのよ」
 おでんと焼き肉の組合せをうまく略せることで得られた役職にありがたみがあるとは思えないけどな。
「じゃあ、みくるちゃんは何かない? 語呂がいいのを頼むわ」
「ふぇ? え、えーと……シャブスキーとか」
「ふぅん、なかなかいいじゃない。よし、それじゃあ今度からSOS団ではおでんと一緒に焼き肉を食べる集まりをシャブスキーとするわよ!」
 どこにシャブ要素とスキー要素があったのかはわからないが、ハルヒがそう決めたのなら仕方がない。せめてもの救いは、SOS団内部に範囲を限定してくれたことであり、もしそれがなかったら世界中でおでんと焼き肉を同時に食べる行為がシャブスキーとなっていただろう。まあ、そんなことをするのはごく一部に限られるので、影響は全くないと言ってもいいのだが。
 ともかく、シャブスキーのおかげで今後もハルヒと朝倉がこの件で揉めることはもうないだろう。他の食べ物とご飯の相性について口論になることがあっても、その時はまたおでんか焼き肉かのどちらかと一緒に食わせてやればいい。ラーメンでもお好み焼きでもたこ焼きでもなんでもな。食にタブーはない、長門もいいことを言ったもんだ。
「ところで長門さん、食パンはありませんか? 僕はご飯よりもトーストの方がおでんにも焼き肉にも合うと思うんですが」
「それだけはない」
 全員の意見が完全に一致した。