今日の長門有希SS

 俺たちの学校は高い場所に建設されており、毎日の登校がちょっとした運動である。下りになる帰り道はともかく、眠気が残る体で長い坂道を登らねばらない朝は拷問にも等しい時間と言える。
 だから、学校にたどり着き教室に入る時が、がもっともほっとする瞬間だ。
「……」
 自分の席に移動し、座って一休みをする。それで体を休めることができるとわかっているのに、つい足を止めてしまわざるをえないこともある。
 窓際の後方、俺の席の後ろに座るハルヒと、それと口論らしき物をしている朝倉の姿が目に入った。ハルヒの機嫌を損ねることは世界にとってよくない影響を及ぼす可能性があるので、俺たちは可能な限りそうならないようにしている。しかし、朝倉にはそのような目的意識がなく、むしろ当初はハルヒに刺激を与えようとしていたくらいなので、怒らせることに抵抗はないだろう。
 しかし、朝倉は復活してからハルヒとかなり仲良くしている。喧嘩をするようなことは、あまり気が進まないはずだ。まああいつの場合は、世界の命運なんぞ知ったこっちゃないと思うけどな。
 さて、ここで遠巻きに眺めていても何も進展しない。いや、進展する可能性はあるが、野放しにして悪化することもあり得るわけで、今の時点で事態を把握すべきだろう。
 と言うわけで、気は進まないが俺は教室に入り二人の元に向かう。
「何の話をしているんだお前ら」
「聞いてよキョン
 くるりと顔を俺に向ける。
「涼子の奴、おでんとご飯を一緒に食べるのは邪道だって言うのよ!」
キョンくんもそう思うでしょ? おでんとご飯なんて、無理に決まってるって」
「……何の話をしているんだお前ら」
「おでんおかずにご飯食べる。美味しい。どうよ」
 なんでカタコトなんだお前は。
「栄養バランス的には、おでんだけで十分に炭水化物は摂取できるの。ちくわぶやもちきんちゃくを食べれば、ご飯を食べなくてもいいじゃない」
「そういう問題じゃないのよ。おでんも鍋みたいなものでしょ?」
「鍋とおでんは全然違うってば。鍋はほら、切った具を適当に煮れば食べれるけど、おでんはちゃんと味を付けるためには順番とか煮込む時間とか色々と違うし」
「涼子、鍋を馬鹿にしちゃ駄目よ。適当に煮てるように見えるかも知れないけど、ちゃんと入れる順番があるのよ。SOS団でやる時はいつもあたしが仕切ってるわ」
 ハルヒに奉行を任せたことはあるが、適当に煮ていたようにしか見えなかったけどな。
「綿密に計算していたのよ」
 はいはい。
「とにかく、おでんも鍋の一種だし、ご飯を一緒に食べてもいいと思うの。というか、それが普通じゃない?」
「鍋がおでんと同じなら、むしろ鍋の時にもご飯を食べない方がいいかもね」
「どう思う、キョン?」
キョンくんの意見を聞かせて欲しいな」
 どうでもいいんじゃねえの。
 と言いたかったところではあるが、ここでそんな気のない返事をすればハルヒは機嫌を損ねるだろう。もちろん朝倉も。
 この場合、直接的に危険なのはハルヒの方だが、朝倉をないがしろにしてもいいことはないので、どう答えるか難しいところだ。
「人それぞれじゃないのか」
 というわけで、俺はそんな無難な意見を述べることになる。ハルヒと朝倉は、あからさまに呆れたような表情をする。
「だからあんたは駄目なのよ。人の意見にながされてばっかりで恥ずかしくないの?」
「食いたい奴は食えばいいだろ。焼き肉屋でもそうするだろ」
「焼き肉屋は肉を食べるべきところよ。ご飯を食べるなんて邪道だわ」
「あら、そう? わたしは焼き肉と一緒にご飯を食べるのが好きだけど」
「なによ、その風の吹き回し。おでんの時はご飯なんて食べるなって言ったくせに」
「だって焼き肉には炭水化物がないでしょ? まあ、野菜盛り合わせの中にジャガイモとか入ってることもあるけど、そんなにイモばかり食べないし」
「ご飯なんて食べないでビール飲んでりゃいいのよ!」
 飲むなよ、未成年なんだから。
 朝倉とハルヒはおかしな方にヒートアップしてしまい、終わる気配が見えない。どうしたもんかと頭を抱えていると「話は聞かせてもらった」と肩を叩かれる。
 そこにいたのは長門だ。隣のクラスに所属する長門が教室に入ってくることはあまりないが、事態を収束しなければならないと思ったのだろう。
「あら有希、何か用事?」
 ハルヒたちも長門の存在に気付き、言い争いを中断してこちらに顔を向けている。
「今夜、わたしの家に集まって欲しい。そこで二人の議論の答えを出す」
 それだけ言うと、くるりときびすを返して教室を出ていくのであった。