今日の長門有希SS

 人混みを移動する時、長門は俺の服を掴むことがある。俺より人の流れを上手く読める長門が置いていかれることなど滅多にないが、何となくそう言うのも悪くはないだろう。
 こういう時は手を繋ぐことももちろん多いが、そうすると左右に広がってしまうので他の者の邪魔になる。相方が長門なのでそんなことはまず起こりえないだろうが、間を通ろうとした人間にラリアットをしてしまう恐れもある。いやまずないが。
 ともかく、他人の邪魔にならぬよう、人の多いところでは長門は俺の手よりも裾を握ってくる。手を繋ぐのとは違い、迷子の子供でも連れているような気分になる。
 そんな状態でうろつき、数分。人がまばらになってきたところで俺は後ろを歩く長門に声をかける。
「そろそろ離してもいいんじゃないか?」
「……」
 長門は少し、首を傾ける。
「いや?」
「別に嫌ではないんだけどな。その、伸びる」
「そう」
 離された手は、続いて俺の指に絡みつくように密着する。
「これでいい?」
「ああ」
 俺としても、服を掴まれているより手を握られていた方がいい。何しろ長門の体温やら感触を感じられる。
 一般的に、恋人と歩く時に手を握られたくない男はまずいないだろう。仮にいたとしても、手を握るより服を握られたいと思うような奴はありえない。つまり、俺が長門に手を握られたいと思うのは当然ということだ。
「指なら伸びない」
「そうだな」
 手を繋がれると指が伸びてしまうような体質の持ち主ではない。そんな体質はどこにも存在しないわけだが。
「そのような体質になってみたい?」
「なんでだよ」
「なんとなく」
「やめてくれ」
 気分で指の長さを変えられても困る。
「困る?」
「そりゃあ困るだろ。どれくらい伸ばす気だ?」
「……」
 じっと俺の手を見る。
「十センチくらい」
「まあ、十センチになるくらいなら大丈夫か……」
「違う。今の長さに十センチほど増やす」
「何が目的なんだそれ」
「ETごっこができる」
 そう言うと、長門は俺の人差し指に自分の指を触れさせる。
「痛い?」
「ちょっと待て、指が長いのは宇宙人の方じゃなかったか」
「あ」
 長門アゴに手を当てる。
「じゃあ、わたしが伸ばす」
「だから別に指を伸ばさなくてもいい。伸ばしてもメリットはないだろ」
「そう?」
 長門はじっと俺の顔を見上げてくる。
「あなたにとってはメリットがあるかも知れない」


 その夜、長門の言った「メリット」とやらを実感することになるのだが、それはまた別の話。