今日の鳥門有希SS

 入学当初から、というより同じ出身中学の奴はそれ以前から、涼宮ハルヒを「おかしなことをする奴」と認識されている。周囲の印象は今も変わっていないし、当のハルヒもそれを裏切ることなく日々その奇行に磨きをかけている。だからハルヒが何か妙なことをしていても、誰もそれに気にすることはない。
「何をやっているんだ、お前は」
 しかし同じSOS団に所属し、教室の机がそいつの前にある俺は声をかけないわけにはいかない。もし許されるならば放っておきたいところだが、そうもいかないのが悲しいところだ。
「お札を折ってんのよ」
 またわけのわからないことをやっている。一体今回は何の影響を受けたんだ。
「これよ」
 と言ってハルヒはお札から手を離し鞄から何かを取り出す。都市伝説がどうこうという怪しさ満点の本だ。裏返してみると、左上に百円のシールが貼られてていた。
「で、どうしたんだ」
「ちょっと待ちなさい」
 ぱらぱらとめくり、ハルヒはその中の一ページを俺に示した。
「お札には陰謀が隠されているのよ」
 そこに書かれていた文章によると、アメリカや日本の紙幣には特別な意味を持つ図が描かれている。それらは特定の組織の象徴であり、すなわちそういった紙幣を採用している国はその組織の支配下にあるというものだ。
「その本によるとね、ドル紙幣には大きな予言が含まれているのよ」
 特殊な折り方をすると、そこにはアメリカを揺るがした大きな事件に酷似した図が浮かび上がるとのことだ。その情報の真偽は俺にはわからないが、ハルヒがそれを信頼に足ると考えてしまえば真偽が確定してしまうだろう。あとで古泉に相談だな。
「陰謀はいいとして、お前は何をやってるんだ?」
「日本の紙幣にも予言が含まれるかも知れないでしょ」
 同じ組織が作った紙幣なら、と続ける。
「だから、何か未来を象徴する図が現れないか試してるのよ」
「そうかい。どうでもいいが破るなよ。確か、紙幣や硬貨を破壊するのは法律違反だ」
「折ってるだけよ。そんなことはしないわ」
 破ってつなぎ合わせればどうとでもこじつけられそうな地獄絵図が誕生するかも知れないが、それならまだ可能性は低いはずだ。
 千円札の肖像画に描かれた人物が黄熱病を研究していたとかいう情報でも浮かび上がればいいんだけどな、明確な過去なら変わらない。
「ちょっとトイレに行ってくる」
「別に言わなくていいわよ」
 というわけで、俺は教室を抜け出し廊下に出る。まだ何も起きていないが、念のため長門が古泉にでも……と思っているといいタイミングで長門が出てきた。
「奇遇だな、ちょうどよかった」
「違う。故意に出てきた」
 俺に会うためにわざわざ来てくれたのか。嬉しいね。
「そうではない。空間のねじれを観測したから」
「え?」
涼宮ハルヒは何をしている?」
「お札を折ってる。なんか未来を予知するような図が浮かび上がらないかって」
「浮かび上がる」
「ちょっと待てよ。折り方は色々あるかも知れないが、そう簡単に特殊な図なんて出てこないんだろ」
涼宮ハルヒがそう願えば、そのように折れる。例え無理があったとしても」
 長門の言葉にどきりとする。油断していた、あいつが紙の折れ方を変えてしまうくらい朝飯前じゃないか。
キョン!」
 そして教室の中からハルヒが走ってくる。
 手に、メビウスの輪のように捻れ、表面から裏面の角が飛び出している、筆舌に尽くしがたい一万円札を持って。
「ちょっと待て。破っちゃ駄目だろ」
「折ってるだけよ。それより、見てよこれ」
 明らかに角の部分で貫かれているようにしか見えないが、確かに折った末に出来上がったものだった。明らかに物理法則を無視していようと、それは本当にそうなのだ。
福澤諭吉は人間じゃなかったのよ」
 ハルヒから一万円札を受け取ると、肖像画を貫くように、その裏面の鳳凰像が飛び出ている。表面の右に肖像画があり、裏面の左側に鳳凰像がある。つまり表面からちょうど裏面が飛び出てくることなどあり得ないが、できてしまったものは仕方ない。
福澤諭吉はね」
 ごくりと喉が鳴る。誰のものかはわからない。
鳥人だったのよ」
「とり、じん?」
「そうよ、鳥人。頭が鳥でそれ以外は福澤諭吉。タキシードを着てるわ」
「着物じゃねえかこの絵」
「とにかく福澤諭吉は人間じゃなかったの。いいえ、鳥澤諭吉って呼ぶべきね。だから鳥澤諭吉が設立した慶應義塾大学鳥人の息がかかっている組織と言ってもいいわ」
 ハルヒの目つきがおかしい。どうにかしなければと周囲を見回すが、気づけば長門は消えていた。
 くそ、長門はこんな時にどこに行ってしまったんだ。長門……
「有希なら呼んでも来ないわよ」
「お前、長門に一体何をしたんだ!」
「何もされていない」
 という声と共に、隣の教室からひょっこりと姿を現したのは――やたらリアルな鳥の面をかぶった、うちの制服を着た少女だった。
「え、有希?」
「そう」
 鳥の面を被っているものの、背格好はそのままだ。
涼宮ハルヒにより発見された予言は今、達成された」
「え? どういうこと」
 戸惑うハルヒに対し、長門はこう言った。
「鳥門有希」
 語呂が悪い。
「その紙幣が示すのは福澤諭吉鳥人であるという事実ではない。ユキ、を名に持つ人物が鳥人になるということ」
 長門有希と、福澤諭吉
「つまりわたしが鳥人の扮装をした。それによりあなたの予言は達成された。おめでとう」
「え、あ、ありがとう」
 豆鉄砲を食らった鳩のような表情を浮かべるハルヒ
「鳥はわたしの方だけど」
 どうでもいい。
 鳥門は素早くハルヒの手から一万円札を奪い取り、あっという間に折れていたものをもとに戻して突き返す。これで話は終わり、ということだ。
 ハルヒはいまいち納得できていない顔をしながらも教室に戻っていった。
 ともかく、これでおかしなことも起きないだろう。やれやれ。
「助かったよ、鳥門」
「感謝しているのなら、ちょっと来て欲しい」
 鳥門は俺の手を引いてどこかに向かう。屋上に向かう階段を上り、そこで鳥門は止まった。
「こんなところまで来て、どうしたんだ?」
「見て欲しい」
 そう言って、鳥門は制服の胸元を開き始める。
「人間の体と鳥の頭の境目」
 見たくない。