今日の長門有希SS

 12/1812/1912/20の続きです。


 最後の演目は団員からのメッセージだった。
「じゃあ、まずはみくるからねっ」
 鶴屋さんからマイクが手渡される。その時点で朝比奈さんは涙ぐんでいた。
「あ、朝比奈みくるですぅ」
 しゃべり始めるが、朝比奈さんはぽろぽろと泣き出してしまってうまく言葉にならない。話の前後もぐちゃぐちゃで、同じことを繰り返してしまうところもあった。
 しかしそれでも、途切れ途切れの内容を整理すると、こうなる。
 朝比奈さんがSOS団に入ったのは、半ば強引に拉致されたのがきっかけである。元々は鶴屋さんと共に書道部に所属していたが、SOS団の活動のために退部することになり、今はSOS団に専念していた。
 いきなりメイド服を着せられ、それからも様々なコスプレ衣装を押し付けられる。無茶苦茶な集団……というより、団長だった。
 しかしそこに苦痛しかなかったかというと、必ずしもそうとは言えない。コスチュームを着ることの恥ずかしさもなくなり、いつしかSOS団は朝比奈さんにとって日常と化していた。いつか遠くに行かねばならない朝比奈さんの存在する場所、それがSOS団だ。
 そしてその中心にいるのは涼宮ハルヒでなければいけない。もしハルヒが団長を退けば、それはSOS団ではない。だから、やめないで――と朝比奈さんは訴えた。
「……」
 ハルヒは椅子に座ったまま、黙ってそれを聞いていた。朝比奈さんに声をかけることはなかったが、その視線はどことなく柔らかい。俺の思い違いでないことを祈る。
「ええと、次は古泉くんでいいかなっ」
「どうも古泉です」
 マイクを握った古泉はいつも通りのニヤケ面。
「僕はこの学校に転入してきてすぐ、涼宮さんの勧誘を受けました」
 思い返してみると古泉には謎の転校生という属性があった。この学校に来てかなりの時が経ち、もはや転入してきたことなど忘れ去られてしまっているが、ハルヒが最初に目を付けた理由はあくまでもそれだ。
 結果として最後に加入した古泉であるが、SOS団への貢献度は最も高いと言わざるを得ない。ハルヒが何か思いつくたびにサポートするのは古泉だ。それは表だっての場合もあれば、裏からこっそりやっている場合もある。ハルヒに自身が持っている能力を気づかせないためというのが最大の理由ではあるが、単純にハルヒを楽しませるためだけに動くこともある。なんだかんだ言っても、古泉はハルヒの右腕と言っていい立場になっている。
 その古泉は、団長をやめると言い出したハルヒを肯定も否定もしなかった。ただ、古泉はSOS団での思い出を語った。朝比奈さんと同様に。
「いやあ、いいお話だったよっ。ちょっち感動しちゃったねっ」
 鶴屋さんはマイクを受け取ってそう言った。
 ハルヒの方は相変わらずの無反応だ。表情もなく、何を考えているか読めない。
「ええと、次は長門っちでいいかな」
長門有希
 マイクを受け取り頭を下げる。長門の声はぼそぼそと小さく、マイクを通してもあまりはっきりとは通らない。
 長門の語る内容も他のメンバーとあまり変わらない。ハルヒとの出会い、そして今までの出来事。実のところ長門にとってそれら全ては三年前から周知のことで、何が起きても驚かなかったように見えたのはそれが原因だ。
 しかしそれでも、長門はSOS団での日常を楽しんではいたようだ。知識として知っていても、実際に体験すると違う。特にハルヒの巻き起こす出来事は長門の想像以上の物だっただろう。
 長門にとってもSOS団はかけがえのないものだ。しかし、朝比奈さんや古泉に続いて、長門も決定的な一言を口にすることはなかった。
「はい」
 話が終わり、長門が俺にマイクを渡す。最後に話すのは誰か決まっていて、鶴屋さんの司会進行など必要ない。
「なあ、ハルヒ
 俺は真っ直ぐハルヒを見る。
「なんで止めるなんて言い出したんだ?」
 ハルヒは俺の視線を正面から受け止めず、すっと横を向く。
「SOS団はお前が作ったものだ。ま、俺の発言で思いついちまったわけで、俺にも責任の一端はあるかも知れないが、実現したのはお前だろ? 活動場所が用意され、メンバーが集まり、SOS団は誕生した。手続きは俺がやることになったが、そんなことはどうだっていい。とにかく、SOS団は俺たちであり、お前なんだ。だからハルヒ、俺はお前が団長をやめるなんて言いだしたことが全く理解できない。お前はお前をやめるのか? どうなんだよハルヒ
 しかしハルヒは俺を見るだけで何も口にしない。
 つい熱くなってしまった。マイクを通して俺の呼吸音が部屋中に響く。
「……」
 ハルヒはおもむろに立ち上がり、舞台の袖に消えた。咄嗟のことで俺たちは反応できず、それを見送ることしかできなかった。
 残されたのは俺たち四人の団員と鶴屋さん。奇妙な沈黙が場を支配していた。誰も何も言わず、ただぼうっと突っ立っているのみだ。
「えっと、それじゃあマイクいいかな」
 動いたのは鶴屋さんだった。いつもにこにことした鶴屋さんには珍しく、困ったなあという表情を浮かべ頬をぽりぽりと掻いている。
「ちょっと予定が変わっちゃったけど、うん、いいみたいだね。これでハルにゃんの卒業式を――」
「ちょっと待ったー!」
 突然の大音響。マイクを通して増幅されているのは、そんなことをしなくても大きなハルヒの声。要するにうるさい。
 舞台袖のカーテンが外れる。
「あたしはぁー! 団長をぉー! やめないわぁー!」
 その奥にハルヒがいた。先ほどまでの制服姿と違い、やたら露出度の高い白と黒のパンキッシュな衣装。
 そしてギターをかき鳴らし歌い始めた。
「あたしはぁー! 団長をぉー! やめへんでぇー!」


「さて、帰るか」
「そうですね」
鶴屋さん、それではまた明日学校で会いましょう」
「途中で何か食べて帰りたい」
 ハルヒの歌声をBGMに、俺たちは鶴屋さんの家を後にするのだった。