今日の長門有希SS
前回の続きです。
「やあっ、準備できてるよっ」
玄関の外で待っていた鶴屋さんに招かれ中に入る。俺たちSOS団は、広い場所が必要になるといつも鶴屋さんの世話になっている。
通された和室の大広間にはいかにもな装飾が成されていた。鎖状になった折り紙が天井から垂れ下がり、薄い紙で作られた花が壁に貼り付けられている。部屋の奥にステージ状に高くなった場所があり、そこには『ハルにゃん団長卒業』との文字列がある。コピー用紙一枚に一文字ずつ印刷されたそれは、わざわざ一文字ごとに色を変えてグラデーションになっているという手の込みようだ。
「なんなんだこれは」
「卒業式ですね」
高校生になってあまり見かけなくなったが、小中学校の行事ではこのような装飾が定番だった。鶴屋さんはハルヒの意向を最大限に汲んだと言える。
「うん、これはあたしの卒業に相応しい会場ね」
本人も満足しているようだ。
「しかし、団長を卒業してどうする気なんだあいつは」
SOS団という組織はハルヒのわがままで作られたもので、団長というのも言い出しっぺのあいつがそう名乗っているだけだ。
仮にあいつが団長をやめたからといって、替わりにそれをまとめられる者などいない。そもそもハルヒがいなければSOS団が存続する意味などない。ハルヒのハルヒによるハルヒのための団体、それがSOS団だ。
そこからハルヒが抜けたら、俺たちはどうすればいいというんだ。
「彼女がこの話に乗ってきたのも不思議です。涼宮さんの思いつきをサポートすることは多いですが、火に油を注ぐような真似をする方ではありません。何か考えがあるのかも知れませんが……」
古泉の視線の先には鶴屋さんの姿がある。ハルヒと楽しそうに雑談中だ。
「面白そうだから乗っただけにも見えるぞ」
「否定しきれないのが辛いところです」
珍しく古泉は、疲れたような顔を見せる。今まで色々とハルヒに振り回されてきたが、あんな風にSOS団をやめるような発言をしたことはあまりない。いや、ひょっとすると全くなかったようにも思う。今回は言うまでもなく異常事態だ。
しかし、楽観視できる材料がなくもない。
「面白いか?」
部屋の片隅で体育座りをして本を開いている長門に声をかけた。
「面白い」
本に目を落としたままそう答える。
部室でハルヒが騒いでいた頃から長門は読書を続けている。移動中も本を開いていた。
きっと、長門にとってこれはあまり危惧するような状況ではないだろう。それなら俺が焦っても仕方がない。
「ところで長門、座り方を変えないか」
「なぜ?」
「前から見えるぞ」
「……」
長門は本を閉じ、足の向きを変える。
「いや、その向きだと俺に見えるぞ」
「見せてる」
「そうか」
そのすぐ後に「有希にちょっかい出してるんじゃないわよ」と怒鳴られることになった。