今日の長門有希SS

 学校から帰る時に足を向けるのが自宅より長門のマンションの方向で、着替えまで置いてそこに寝泊まりする機会が多いわけだが、一年三百六十五日常に長門と共に過ごすのかというと必ずしもそうではない。自宅に帰り、そのまま翌日まで長門と会わない日だってある。もちろん喧嘩などが原因ではない。そもそも、自宅に帰るのは一般的な高校生として至極当然のことだ。
 だが、俺たちは一般的という言葉とはあまり縁のない生活を送っている。神だとか進化の秘宝とかわけのわからない評され方をするハルヒを中心とする団体に所属して、宇宙人や未来人や超能力者に囲まれて過ごせば、自他共に認める凡人の俺だって平凡な日常を送れるはずもない。ハルヒのふざけた能力が本領を発揮しなくても一般的な高校生より忙しいし、いったんそれが発動されてしまえばかなりややこしいことになる。
 ともかく、俺や長門が一般的とは少々ずれた毎日を過ごしていても何ら不思議はないはずだ。彼女が宇宙人製のアンドロイドであることに比べれば、いったん自宅に帰ったものの、やはりしっくりこなくて夜になってから独り暮らしの部屋を訪れることは、それほど珍しいこととは言えない。世界中を探しても、前者に該当する幸運な男は片手で収まるのではないだろうか。
「よう」
「……」
 ドアを開けた長門はじっと俺の顔を見返してくる。連絡をしないで訪れたら驚いていたかも知れないが、今回は事前にメールを送っている。長門の反応を見る限り、それを見逃していたわけではないようだ。
「入って」
「ああ」
 普段なら「ただいま」と口にしてしまうこともあるが、こうして出迎えられるとそれもちょっと違うような気がする。とはいえ「お邪魔します」と言うのもどこか違うので、俺は無言で部屋に入った。
「っと」
 天板に手をついてゆっくりと腰を下ろす。事前に用意されていた湯飲みに長門がお茶を注ぐ。
「……」
 長門は特に言葉を発するわけでもなく俺を見ている。コタツの上にあるのは湯飲みが二つと、急須と、本。
「本を読まないのか」
「まだいい」
 閉じたままの本にそっと手をのせる。相変わらず、長門の読む本は分厚い。新書や文庫を読まないわけではないが、ハードカバーの分厚い本を持っている光景の方がすぐに目に浮かぶ。
「長い話が好きなのか」
「そういうわけではない」
 静かに頭を左右に動かす。
「読んでいる割合はそれほど変わらない」
「そうなのか?」
「一冊あたりにかかる時間が違う」
「ああ」
 分厚ければ分厚いほど時間がかかるのは当然で、長門が手に持つ時間が増える。だから、薄い本に比べて俺が見かける割合も増えるということか。
長門なら読まなくても内容が頭に入ってきそうなもんだけどな」
「情緒がない」
 できるかどうかはわからない。
「ところで、今日はなぜ?」
 先ほどのメールでは、どうしてここに来るかということは書いていない。まあ、理由らしい理由もないのだが。
「なんとなく、だ」
「なんとなく?」
 長門は首を傾げるわけでもなく、俺を真っ直ぐみたまま語尾だけを少し上げた。
「……悪かったか?」
「わたしにとって、あまり喜ばしいことではない」
 その答えに胸がどきりとする。
 夜になって突然部屋に来たことか、それとも、理由もなく来たことがなのか。長門の意図するところがどちらなのかによって、長門への対応も、俺が精神的に傷つくかどうかが変わってくる。
「特に理由がないのなら」
 長門は少しだけ顔を伏せる。
「最初からここに来ればよかった」
 ……えーと。
「なぜ、ってのは来た理由じゃないのか?」
「違う。なぜ、直接こなかったのか」
 そっちかよ。
「体育で使ったジャージを洗いたかったんだ。なんとなく、長門と帰らなかったわけじゃない」
「そう」
 長門は顔を上げ、湯飲みを口に付ける。
「安心した」
「俺もだよ」


 それから、読書をする長門を床に横になって眺めながら俺はのんびりと過ごした。