今日の長門有希SS

 世の中にはランチタイムというものが存在する。あらゆる飲食店で取り入れられている制度で、夜に比べると手軽な値段で食事が提供されている。その時間だけ値引きされている場合もあるが、ランチタイム専用のメニューなどもある。
 しかし大抵の店では平日に実施されており、俺たち高校生とは縁の薄いものだ。昼は長門と共に弁当を食べることが習慣となっているので、学食からも足が遠のいている。
 だが、あらゆる店が平日にしかランチタイムをやっていないかと言うと、必ずしもそうではない。土日でも提供している店もあり、そういうところは俺たちでも行くことができる。
「ここでいいかしら」
 ハルヒが立ち止まったのもそんな店の一つだった。店の前に小さな黒板が置かれていて、今日の日替わりメニューの内容が記されている。
 この店はABCの三種類の日替わり定食があるらしい。Aがマグロ丼、Bが天ぷら定食、Cが魚の煮付け定食となっている。Aが五百円と最も安く、BCと値段が上がっていく。
「煮付けとは珍しいな」
「それはあんまり食べたくないわ。丼が一番ね、次が天ぷら」
「丼は数量限定とか書いてあるし、なくなっていたらそうするのか」
「バカね、そんなの真に受けてんの? 日本人は限定って言葉に弱いから、それを頼んで欲しいってことに決まってるじゃない」
「嘘だってのか?」
「そうは言わないわ、どんな料理でも材料がなくなったら終わりだもの」
「じゃあなんでわざわざ限定とか書いてあるんだ」
「生ものだし、なるべく材料を余らせたくないってことでしょ。他は日持ちしそうだけど。とにかく、入るわよ」
 そう言って店に入る。入り口の前で話し込んでしまったが別に文句があるわけでもなく、俺たちはそれに続く。
 ハルヒの理論は、恐らく勝手な想像だとは思うが、納得できなくもない。日替わり以外のメニューがどうなっているのかは知らないが、少なくともあの三品の中で生のまま提供されるのはマグロだけだ。
 店はそれなりに混んでいるようだが、待つことなくすんなり席に通される。テーブルは四人席までしかないらしく、何も聞かれぬまま座敷の席に通された。
 俺と古泉が並び、その向かいが長門と朝比奈さん。ハルヒはいわゆるお誕生日席で俺の横にいる。
 ハルヒはともかく、俺たちは何を頼むか決まっていない。置いてあったランチ用のメニューをテーブルの上に開く。
 もちろん、日替わり以外にも色々なメニューがある。しかし、一番安いのはやはりハルヒが選んでいた丼だ。
 まあ、ハルヒが高くないものを選んでくれることは俺としてもありがたいことだ。本日も俺は到着時間が最も遅く、ここの支払いは俺がすることになっている。遅刻はしていないはずなんだけどな。
 ほどなくして店員が水とおしぼりを持ってきた。ハルヒ以外はまだ選び終わっていないので、注文は少し後だ。
「本日、A定食は品切れです」
「え――」
 去り際の店員の言葉にハルヒが小さく漏らす。
「本当に限定だったようだな」
「……それならいいわ、本当は天ぷらが食べたかったのよ。出費が少ない方があんたもいいでしょ」
 仏頂面で言い放つ。それならまず俺に金を出させる方式をやめて頂きたいものだ。
「それより、早く決めなさいよ。あたしはBだけど」
「わかったよ」
 ようやく俺たちも注文するものが決まり、店員を呼ぶ。
「Bはまだあるわよね?」
「あと一名様分になります」
 ハルヒが最初に言っていた通り、書いていなくてもどんな料理にも限界数あるらしい。俺もBを注文しようとしていたのだが、ハルヒが注文するのはわかっているので、早く他のメニューを選ばねばならない。
キョン、早く注文しなさい」
 俺以外の全員が注文を終え、慌てて俺は「C定食」と言った。
 ハルヒはもちろんBで、俺と長門がC、そして朝比奈さんと古泉は日替わりでないランチメニューから選んでいた。
「二人も煮付けを頼むなんて」
 ハルヒが意外そうに見てくるのもおかしくはない。
 メニューの中では一番ないと思っていた料理だが、慌てて咄嗟に口から出てしまった。そんな俺とは違って長門は最初から選んでいたようだが。
「わたしたちはCが好き」
「ちょっとキョン、Cが好きってどういうこと?」
 突然長門が発言すると、ハルヒは俺に掴みかかってくる。
「誤解だ。煮付けの定食がって話だろ」
 まあ、全くの誤解というわけでもないが、性的な行為を行っていることをハルヒたちに知らせる必要はない。
「訂正する」
「してくれ」
「Aも好き。Aにはかなり時間をかける」
キョン! Aって何の話よ!」
「ええと、それはつまり……」
「マグロという意味ではない。わたしはどちらかと言えば積極的に動く」


 俺が無事に店を出られるはずはなかった。