今日の長門有希SS

キョン、どうせテレビでも見てるんでしょ? だったら今から駅前ね」
 休日の昼下がり、そんな一本の電話で平穏な時間は終わる。確かに今日はやることもなく居間で休日特有の毒にも薬にもならない旅行番組を見て無駄な時間を過ごしている。エスパーか。いや、エスパーはハルヒではなく古泉だ。
 と、そんなどうでもいい考えをしているだけでも時間は過ぎる。遅くなればなるほどハルヒは理不尽なことを言い出す可能性があがるわけで、行くならさっさと準備をしなければならない。
キョンくん、おでかけ? ご飯は?」
 準備をして靴をはいていると、妹がそんなことを聞いてくる。少し前から母親が昼食を作っているがまだ完成しておらず、もちろん食べてから行くのは無理だ。
「向こうで食う」
「ふーん。わかったー」
 空腹の体に鞭打って自転車を走らせる。向かう先はいつもの待ち合わせ場所だ。


「遅刻!」
 到着するとハルヒがまずそう言った。団員以外を呼んでいないのであれば他のメンバーは既に到着していることになるので、俺が最後なのは確かだ。
「待ち合わせ時間なんか決めてなかっただろ」
「あんたの家からなら二十分もかからないでしょ? それ以上は遅刻よ」
 こいつの頭には準備という概念は存在しないのか。
「だいたい、SOS団員ならいつどんな時にでも出かけられるような準備をしておきなさい。用事も天変地異も待ってくれないわよ」
 はいはい。
「で、今日はどうするんだ?」
「決めてないわ。家でテレビを見てたんだけど、なんか暇になっちゃったの」
 それで突発的に俺たちを集めたわけか。
「じゃあまず飯だな。急いで来たせいで余計に腹が減った」
「まだ食べてなかったの?」
「そろそろ食べるって時にお前から電話が来たんだよ」
「困ったわね……もうみんな食べちゃってるし」
 時間はもう一時半をまわっている。休日でスローな生活をしていても、食っていてもおかしくない時間だ。
「ちなみにあたしは昨日の残りのカレーを食べたわ。一晩置いたカレーってコクがあって美味しいのよね」
 聞いてない。
「あたしはサンドイッチです」
「僕はパスタを」
「わたしはカツ丼と天丼」
「有希は昼間っから重いもの食べてるのね」
 ハルヒが目を丸くするのも無理はない組合せだが、事情を知っている俺からすれば驚くほどのことではない。今日は朝倉と二人ででかけることになっていたので、きっと選べない長門のために二人で半分ずつ食べたのだろう。
「一人で二杯食べた」
 想像しただけで胃がもたれる。
「とにかく、あたしたちはもうお腹いっぱいなのよ。キョン、何か歩きながらでも食べられる物をあそこのコンビニで買ってきなさい」
「わかったよ」
 暇な日とはいえ、俺だけのために飯屋で時間を過ごすのはもったいない。ハルヒの言うとおりにしよう。
 手軽に食えるものならおにぎりかサンドイッチだ。だが、包装の形状を考えるとおにぎりのほうが片手で食いやすい。サンドイッチは二つか三つ入っているものが主流で、一つを食べていると反対側の手が埋まってしまう。
 というわけで、俺はおにぎりコーナーを探す。定番の具の他に焼き肉のような特殊な具もある。
 今日はそこまでこってりしたものを食べる気分じゃない。まず鮭に手を伸ばす。
キョン、しっとり派なの?」
 横からそんな声がかかる。いつの間にか隣にハルヒがいて俺の手元を見ていた。
「なんでお前もいるんだよ」
「飲み物でも買おうかと思ったのよ。そんなことより、しっとり派なのかって聞いているのよ」
 何のことかと少し考えて、ハルヒはおにぎりの海苔について言っているのだと気が付いた。
「いや、別にこだわりはない」
「じゃあこっちのパリパリにしなさいよ」
 ハルヒの指差すところにも鮭があって、そちらは海苔がパリパリしたタイプだった。もし先に見つけていれば、そちらを手に取ろうとしていたことだろう。
「どっちでもいいだろ」
 だがハルヒに流されて選ぶのはシャクに障る。しっとりに手を伸ばそうとするが、ハルヒがその腕を掴む。
キョン、あんたは海苔の気持ちがわかってないわ」
「は?」
「パリパリに焼いた海苔にご飯をべったり付けたらもったいないわ。こうしてパリパリしている方が、海苔とご飯の美味しさをちゃんと味わえるのよ」
 コンビニのおにぎりに何を求めているんだお前は。
「団員がちゃんとした海苔の食べ方もわからないなんて許せないのよ。もしあんたが会社で副部長とかになった時、ちゃんとした海苔の食べ方ができたおかげで仕事もうまくいくかもしれないじゃない」
 なんだその中途半端な役職とエピソードは。
「わかった、海苔の食い方は覚えといてやる。でも今はしっとりを食いたい気分なんだ」
「あたしはパリパリを食べたい気分なのよ」
 俺が買うおにぎりとお前にどんな関連性ががあるんだ。
「一口食べさせろって言ってんの。あんたのものはあたしのものよ」
 そう言ってハルヒは俺の手にパリパリの鮭おにぎりを押し付けてくる。お前はどこかのガキ大将か。
「わたしはしっとりを食べたい気分」
 気が付くと、ハルヒの反対側に長門が立っていた。


 店を出た俺の袋には、しっとりとパリパリ二種類の鮭おにぎりが入っていた。