今日の長門有希SS

 気温が下がると外に出る気力が失せる。買い物も近場で済ませるようになるし、遊びに行く時もアウトドアよりインドアな過ごし方が増えてくる。
 しかし、避けられないこともある。例えば学校への登下校がそれだ。まだ気温が上がっていない朝の内に学校までの長い坂道を上り、日が暮れて寒くなった頃に坂を下る。帰る時間はハルヒの気まぐれで左右されるので決まっていないが、温かいうちに学校を出ることはほとんどないと言ってもいい。
 そういったわけで、放課後の活動が終わって固まって帰っている今も寒さを感じる。今日はまだ日が暮れる前で夕日は差しているが、日光に触れても暖かさはない。制服の上から上着を羽織ってマフラーを巻いていても体の芯から冷えてくる。
 だが、全ての生き物が寒さに弱いかというとそういうわけではない。雪が降ると犬は庭ではしゃぎまわると歌われているくらいだ。ま、どちらかというと俺は猫と一緒に過ごしたい気分だが。
 そして風の子と呼ばれることもあるように、子供も犬と同様に寒さに強い。言葉の上だけでなく、今まさに橋の下の川沿いで遊び回っている数人の子供が目に付くからだ。
「子供は元気なもんだな」
 思わず言葉が漏れてしまう。このくそ寒い中、水辺で遊ぶとは気合いが入っている。
「じじくさいわよ、キョン
 俺の呟き聞きつけたハルヒが鼻で笑う。
「まるで老人みたい」
「そう言うけどな、お前はこんな冬に川で遊ぶ元気なんてあるか?」
「あるに決まってんじゃない」
「そうか」
「なによその目、疑ってるんじゃないでしょうね?」
「いや、別に」
「……頭きた」
 そう言うとハルヒは、道をそれて草むらに入る。
「おい、どこに行くんだ」
「楽しく遊べるってことを証明してやるわよ。キョン、もちろんあんたも降りてきなさいよ、あんたにわからせるんだから」
 肩をいからせてずんずんと川に降りていくハルヒの背中を見ながら、余計な地雷を踏んでしまったことを後悔した。


 完全に日が暮れて暗くなり、先ほどまでいた子供が帰って残ったのは俺たちだけ。
「あははっ、みくるちゃん逃げちゃダメよー!」
「ふぇっ、水をかけないでくださいぃ」
 宣言通り、ハルヒは川で楽しく遊んでいた。靴と靴下を川岸に置いたハルヒは川の中に入り、足下の水をすくって朝比奈さんに浴びせようとしている。さっきの子供は川岸で遊んでいただけで川の中にまでは入っていなかったのだが、ハルヒは意地になっているのがわかる。
ハルヒ、わかったからそろそろ出てきてくれ。お前が川を満喫しているのは理解した」
「ふん、口だけならなんとでも言えるわ。どうせ早く帰りたいからそんなこと言ってるんでしょ」
 そりゃ当然だ、もちろんさっさと帰りたいに決まっている。
「ま、いいからそろそろ出てこい。唇が青いぞ」
 表情はいかにも楽しげにしているが、ハルヒの唇の色はやや紫がかっている。無理をしているのは一目瞭然だ。
「仕方ないわね……そこまで言うなら出てあげるわよ。はい」
「なんだその手は」
「手を掴んでよ。濡れてるから足を滑らせたら危ないし」
「川に引きずり込む気じゃないだろうな」
「……そんなこと、するわけないでしょ」
 目をそらすな。
「……」
 俺が躊躇していると、横から長門が無言で手を伸ばした。ハルヒ長門の手と俺を見比べてから、仏頂面でそれを掴んで川から上がる。
「あー、楽しかった。あんたも水に入ればよかったのに」
 ハンカチで足を拭きながらハルヒは横目で俺を見ている。
「もっと温かい時期ならな」
「へえ、あんたプールに行った時にもめんどくさそうにしていたような気がするけど。素直に楽しむ心がないのよ」
「俺だって水に入って楽しむ時は楽しむぜ」
「それはわたしが保証する」
 突如、口を挟んできたのは長門だ。
「どういうこと?」
 怪訝な顔をするハルヒに対し、こう答える。
「彼はお風呂で遊ぶのが好き」


 その後のことは語るまでもないだろう。