今日の長門有希SS

「有希、ちょっと来てくれる?」
 放課後のことだ。テーブルを挟んだ古泉とババ抜きで時間を潰しながら朝比奈さんの淹れてくれたお茶に口を付けていると、ハルヒの言葉が耳に入った。
 何の用事があるのかは知らないが活動時間中にハルヒ長門を呼びつけるのは珍しい。目の前の古泉の笑みが固まっていることからも、何か察知しているのかも知れない。
 俺は思わずハルヒの方に顔を向けてしまった。
「……あたしは有希を呼んでるのよ」
 ハルヒ仏頂面で俺の顔を見返してくる。心配そうな朝比奈さんも含め、部室中の視線がハルヒに集まっていた。
「……」
 部室中ではなかった。長門だけは手元の本に視線を落としたままだった。
「ねえ有希、聞こえてる?」
 改めて呼びかけると長門は本を開いたまま顔を上げ、ゆっくりと首を回した。
「なに」
「ちょっと見て欲しいのよ」
 パソコンを指で示しながらハルヒはそう言った。
 わざわざ長門を呼びつけたってことは、何かパソコンにトラブルでも起きたのだろう。ちょっとした雑用でもさせたいのなら長門より俺に声をかけるはずだ。
 いや、声をかけられなかったことが残念なわけじゃないぞ、決して
「最近いつもこれが出るんだけど、鬱陶しいのよ」
「このウィンドウ?」
「そう、なんとかできる?」
「調べる」
「わかったわ。お願いね」
 ハルヒと入れ替わるように椅子に座った長門は、カタカタとキーボードの音を鳴らしながらマウスを操作している。
「ウィンドウを出さなくする方法が見つかった」
 調べ物を初めてから一分もしないうちに長門がそう言った。ま、本気を出せばパソコンに触れなくてもハルヒの望んだとおりの結果を出せるだろうが、多少はそれらしい動きをしないと疑問に思われるだろう。
「本当? やっぱ有希は頼りになるわね。それじゃ、やってみて」
「わかった」
「ところで、あのウィンドウって何なの?」
「とあるソフトウェアのインストールを促すウィンドウ。提携しているサイトを表示すると現れ、許可をすればインストールされる」
「ふうん、そのソフトを入れちゃえばもう出なかったの?」
「推奨はしない。一部ではスパイウェアと認定されているもので、パソコンに記録された個人情報を漏洩する可能性がある」
「なにそれ、うっとうしいわね」
「このソフトウェアは各方面で問題になっている。対策のための情報がすぐ見つかるほどに」
「腹が立つわね、なくなっちゃえばいいのに」
「……」
 操作していた長門の動きがぴたりと止まった。
「ん、どうしたの有希?」
「……もう二度と、あのウィンドウが出ることはない」
 言って長門は立ち上がり、自分の席に向かって歩き始める。
「終わったの? あ、本当に出なくなってるわ。ありがとね有希」
 ハルヒの言葉に答えることなく、長門は再び読書を開始した。


「あのソフトウェアは消滅した」
「なんのことだ?」
 学校を出て歩いている途中、長門の口から出た言葉の意味がわからず俺は聞き返した。
涼宮ハルヒが問題にしていたパソコンのソフトウェア」
「ああ、あれか」
 長門があっという間に対処しちまったやつか。たまにお隣のコンピ研に顔を出しているだけあって、そういうのは詳しくなったみたいだな。
「わたしは対処していない」
「ん? お前が何かやったから出なくなったんじゃないのか?」
「方法を調べ、実行している途中だった」
「やってなかったのか?」
 そういえば、あの時長門は不自然に手を止めてパソコンから離れたような記憶がある。それならどうして問題が解決したんだ?
涼宮ハルヒは『なくなればいい』というようなことを言った」
「ちょっと待て」
 てことはなんだ、ハルヒがそう思ったからその鬱陶しいソフトウェアは本当になくなったとでも言うのか。
「そう」
 ま、今さら驚かないけどな。ハルヒだったらそういうこともあるだろう。
「消えて困るようなことはあるのか?」
「ない。むしろインターネット上の害悪が一つ消滅しただけ」
「それならいいんだ」
 もし世間的に有益なもので、たまたまハルヒが嫌いだというものがなくなったとしたら問題だっただろうが。
涼宮ハルヒに知らせたいことができた」
「なんだ?」
「あなたがたまに見ている胸の大きな女性の多い動画サイト、涼宮ハルヒが知れば閉鎖するかも知れない」
「やめてくれ」