今日の長門有希SS

 寒天はデザートなんかに使われる食材だ。大抵どこのスーパーでも売られているが、その形状は様々で、粉末状や棒状や糸状などのものをよく見かける。
 形によって多少の違いはあるものの、使い方はあまり変わらない。液体に混ぜてから熱を加えて溶かし、冷やして固める。糸状のものは水で戻してサラダに混ぜるという食べ方もあるが、まあそれは主流ではない。
 とまあ、そんな寒天を持って長門の部屋にやってきたのは光合成ができそうな色の髪の毛を持つ先輩だった。
「お土産です」
 それは粉末状の寒天だったが、俺はこれほど大量の寒天が販売されているのを見たことがない。一キロあるらしいが、最初見た時はグラニュー糖かと思った。そんなものがコタツ机の上に置かれている。
「お土産と言われましても」
「寒天はダイエットにもいいんですよ。カロリーがゼロで、食物繊維も豊富です。動物性のゼラチンとはひと味違います」
 そのような話は聞いたことがある。これ自体に栄養はないが、腹持ちがいいので食べ過ぎないようになるとか、効果は様々だ。
「それで、どうしてこれを持ってきたんですか?」
「最近、お通じが悪いんです」
「はあ」
「お願いします」
 つまり、材料を買ってきたから俺たちに何かを作れと言っているわけだ。もちろん一回で一キロも使うわけがないので、この量をなくすためにはかなりの回数作らなければならない。どれだけ通う気なんだこのお方は。
「はあ」
 先ほどのような生返事ではなく、これは溜息だ。呆れて物も言えないとはこのことだ。
 自分で作るのが面倒なのでここに持ってきたのだろう。そう何でも言うことを聞くと思ったら間違いだ。
 突き返そうと手を伸ばすが、それはスライドして俺の手から逃れた。
「ん?」
 もちろん寒天が自ら動いて逃げるわけもない。誰かが動かしたわけだが、正面の喜緑さんが微動だにしていない以上、それをするのは一人しかいない。
長門?」
「……」
 立ち上がった長門は、とことことキッチンに向かっていく。小脇に寒天の袋を抱えて。
 えーと。
「どうするんだ?」
「ジュースで作ってみる」
「そうか」
 まあ、長門がやる気ならいいか。
「あ、ジュースそのものを温めないで、寒天自体は水だけで溶かした方がいいみたいですよ」
 はいはい。


 喜緑さんに言われたからというわけではないが、まず寒天を水に混ぜてから鍋で沸騰させ、それをレンジで少しだけ温めたジュースに混ぜる。冷えたままのジュースと混ぜると一気に固まってしまう恐れがあったからだ。
 冷蔵庫で冷やさなければ固まらないゼラチンと違い寒天は常温でも固まる。だが、寒天を溶かした時点で沸騰するような温度にまで温めているのですぐに固まるわけもない。
 喜緑さんを交えてだらだらと過ごし、あら熱を取ってから冷蔵庫に入れた寒天がそろそろ冷えただろうと取り出しているところに朝倉が顔を出した。
「寒天でデザートを作ったの? 美味しそうだね」
「すいません、この寒天はあと三人分しか食べられないんです」
「いや、そんなどこかの金持ちみたいなことを言わないでみんなで食べましょうよ。一キロもあるんだし」
 と、そんな一日だった。