今日の長門有希SS

 俺たちが自転車を停めたのは一件のカレー屋の前だった。チェーン店なので特に美味いわけじゃないが、値段が手頃だし昼食にはちょうどいい。
「ここでいいか?」
「いい」
 時間が早いせいか店内はそれほど混んでいない。俺たちは待つことなくテーブル席についた。
「……」
 長門はメニューの印刷された紙をじっくりと眺めている。この店は具の種類が多く、長門が迷うのもわかる。
「何系がいいんだ?」
「肉」
 肉と言っても種類は多い。ただ焼いたようなものだけでなく、ソーセージやカツなど様々。カツにも数種類あるわけで、肉というだけではあまり種類が絞れない。
「魚介も気になる」
「二つ頼んで半分ずつにするか?」
「……もう少し待って」
 ここの店はルーの種類は少ないが、その上にのっているトッピングでメニューのバリエーションを増やしているわけだ。計算してみると一番安いカレーにトッピングを加えるとその具が乗っているカレーと同じ値段になる。
「トッピング?」
「ああ、ここにリストがあるだろ」
「シーフードとカツという組合せも可能?」
 以前、こういった店で全てのトッピングを注文するという記事をネットでみたことがある。だから二種類くらいなら問題はないはずだ。
「ま、相性が悪そうだからやめた方がいいと思うぞ」
「そう……」


 結局、俺がシーフードで長門がとんかつのカレーを注文した。ま、どちらがどちらを頼んだかというのは意味がなくなるだろうが。
「どうした?」
 水に口を付けてから、長門が一瞬だけ動きを止めたことに気が付いた。
「……」
 長門はコップを持ったまま、すっと視線を上げる。
「ぬるい」
 その言葉を聞いて俺は手元のコップを確認する。飲食店では氷が浮かべられていることが多いが、この店はそうじゃないようだ。少し飲んでみると確かにぬるい。店員が持ってきてそれほど時間が経っていないし、最初からこうだったのだろう。
「カレー屋だからな」
「どういう意味?」
「俺たちは普通の辛さで注文したが、カレー屋だと辛いのを頼む客もいるだろ。当然、そうなると水を飲む量が増える」
 テーブルの中央にあった水差しを軽く振って、俺は自分の仮説が正しいことを確信する。
「ここにも氷は入っていない。あまり冷えてはいないだろう」
「……」
 長門は首を傾げる。
「つまり、この店ではわざと冷えていない水を出していることになる。普通の飲食店では冷えた水を出すものだが、ここまで徹底しているということは理由があるんだ」
「どのような?」
「冷たい水を飲みすぎると胃だとかが冷えて消化能力が落ちる。元々、辛いカレーは胃に負担があるんだし、一緒に飲むには冷えてるとよくないってことだろ」
「……」
 長門は少しだけ首を回し、俺から顔を背けた。
「あなたの予測は恐らく間違っている」
「どういうことだ?」
「後ろ」
「ん?」
 振り返ってみると、氷の入った水差しを申し訳なさそうに持っている店員の姿があった。