今日の長門有希SS

 全ての授業が終わると俺たち高校生には自由時間がやってくる。谷口や国木田と何分か話していたが、二人は俺の予定を聞くこともなくさっさと帰ってしまったので、俺も鞄を持って教室を出ることにする。
 もちろん行く先は文芸部の部室である。顔を出さなければハルヒがうるさいし、どうせ他の過ごし方なんて思い浮かばないので、俺は文句も言わずに通っている。
 教室を出る時点でハルヒの姿はなかった。掃除や用事がなければ一緒に部室に向かうこともあるが、さっさと教室から出ていったらしい。
 かといって部室にハルヒがいるとは限らない。今でもハルヒは学校のどこかに不思議なものが残っているとでも思っているのか、ふらふらと校内を徘徊していることがある。まあハルヒの興味を引くようなものがそう簡単に見つかることはなく、仏頂面で部室にやってきて近寄りがたい空気を出しているわけだ。
「さて」
 それが目に入った時、俺はどうしたものかと立ち止まった。だがここから遠巻きに眺めていても仕方がないので、俺は部室に近づいていく。
「どうしたんだ?」
 部室の前に立っていた長門に声をかける。仮にこれが古泉なら着替えている最中なんだろうと思うわけだが、長門がこうして廊下で待機しているのは珍しい。
「あれ」
 長門が指を差したのは部室の中だ。ドアが開け放たれていたので見てみると、中央にある机の上に何やらごちゃごちゃとしたものが置かれていた。ビニール製のパイプを半分に切ったようなもの、本を台にして傾斜を付けられた板、そして大量の棒や糸。よく見ると、ドアノブの内側にもピアノ線のような透明なものが巻き付いている。
キョン、中に入ってくるんじゃないわよ!」
 声と共に、ドアの陰からひょっこりとハルヒが顔を出す。
「何をしているんだお前は」
「装置を作っているのよ」
「装置?」
「いいからそこで待ってなさい。くれぐれも手を出さないで」
 何をしたいのかはわからないが、邪魔をしてはいけないということだけは理解できる。ハルヒの言う装置とやらは見たところアナログなものばかりで、火を使うようにも見えないので放っておいても危険はないはずだ。
「おや、何をしていらっしゃるんでしょうか」
「装置を作っているらしい」
「装置?」
 古泉のニヤケ面が曇る。何かトラブルが起きるのではないかと思っているのだろう。
長門さん、大丈夫でしょうか」
 上機嫌で鼻歌を歌いながら床に本を立てて並べているハルヒに聞こえぬよう、古泉が小声で話しかける。
「あの本はドミノのように倒して使用すると思われる」
「そうですね」
 そもそも、ドミノってのは倒すためのオモチャではないんだけどな。
「本が汚れる」
「そうですか」
 ま、古泉の意図していた返答ではないだろうが、心配しているような事態にはならないだろう。そうだったら長門は自分の本よりそっちを気にするはずだ。
「あのぅ、どうしたんでですかぁ?」
 続いてやってきたのは朝比奈さんだ。俺たちが部室の前にいることに首を傾げ、部室の中に視線をやる。
「あ、あれ、あたしのティーポット……」
 朝比奈さんが指を差す先に視線を送ると、いつも部室で使われているティーポットが天井からヒモで宙づりにされていた。その下にはティーカップが置かれている。
涼宮ハルヒの許可なく入ってはいけない」
 思わず駆け込もうとした朝比奈さんを長門は片手を上げて制する。
 ドアノブにも何かが絡みついているようだし、不用意に足を踏み入れると危ない。どうすれば何が起きるかはハルヒだけが把握しているだろう。
「みくるちゃん、割ったりしないから安心しても大丈夫よ」
「は、はあ……」
 まだ戸惑っているようで、心配そうな顔を浮かべたまま俺たちの方に向き直る。
「あのう、涼宮さんは何をしているんでしょうか?」
 至極もっともな疑問だった。ま、俺だって把握しているわけじゃないが。
涼宮ハルヒは装置を作っている」
「装置、ですか?」
「そう」
 装置とやらが何なのか、完全に理解しているわけじゃないが察することはできている。あいつ、またテレビにでも影響されたのだろう。
「本当に大丈夫なのかな、あたしのポット……」
涼宮ハルヒの意図通りに作動すれば問題はない」
「もし、ハルヒが失敗していたらどうなるんだ?」
「……」
 長門は何も答えず、すっと視線をそらした。