今日の長門有希SS
「ラーメン屋に行ったら何を食べる?」
ある日の授業中、眠い目をこすりながら必死に板書をノートに書き写していると、後ろからそんな言葉が聞こえてきた。
退屈な授業で、ハルヒがおしゃべりをしたくなる気持ちはわからなくもない。だが、一体何を言っているんだ? ラーメン屋で何を食うかって?
「ラーメンに決まっているだろ」
当たり前の言葉をハルヒに返す。
「餃子が美味しいって評判のラーメン屋があるのよ」
ラーメン屋において、餃子はチャーハンやライスと並んで定番のサイドメニューだ。どこのラーメン屋にも大抵それはあり、ハルヒが言うように餃子が評判になることもそれほど珍しくはない。
「ラーメン自体は大したことがなくて、チャーハンとか餃子を食べてる人がよく目に付くわ」
「じゃあ、ラーメン屋じゃなくて中華料理屋になった方がいいんじゃないのか」
「店のメインはあくまでもラーメンなのよ。醤油とか味噌とか塩とかだけじゃなくて、担々麺なんかもあるし」
「でもまずいのか」
「まずくはないわ。そこそこっていうか、普通? わざわざあの店に行ってまで食べたいラーメンはあたしにはないわね」
「そうかい」
「あたしはその時、チャーハンを食べていたのよ。なんとなくチャーハンを食べたい気分の時ってあるわよね」
「あるな」
チャーハンに限らず、特定の品目を飲み食いしたいと思うことは珍しいことではない。それが特定の店の特定の料理となれば、その店の常連になってしまうわけだ。
「で、その時に近くで変な注文をしている人がいたのよ」
「変な?」
「その日は餃子がサービスで百円引きだったんだけど、餃子ばかり三皿も頼んでいたのよ。昼時だってのにラーメンもチャーハンもライスも頼まないで」
「つまみにしていたんじゃないのか?」
単品の料理と酒を頼む客は俺も目にしたことがある。俺はまだ未成年なので酒には縁がないが、メニューに載っているのはよく見かける。
「ビールも何も頼んでいなかったのよ」
「後から追加で注文したんじゃないのか?」
「帰るまで見てたけど、その人が食べたのは餃子だけだったわ」
わざわざ食い終わるまで見ていたのか。暇な奴だ。
「何者だと思う? まさか、餃子でしかエネルギーを摂取できない体質とか?」
「んなわけあるか」
声の調子から真面目に言っているように聞こえないので大丈夫だとは思うが、万が一にもそのような特異体質の人間が増殖しないことを祈る。
「どう思う?」
放課後、まだ他のメンバーが来ていない部室で俺は長門に問いかけた。何も起こらないとは思うが用心するに越したことはない。
長門は本を開いたまま顔を持ち上げ、ゆっくりと視線を俺に向ける。
「涼宮ハルヒにその店の名前を聞いてみたい」
その言葉に俺はどきりとする。まさか、何か気になることがあるのか?
「あると言えば」
「その店の周囲の奴らがおかしくなっているとか」
「違う。興味があるのはその店自体」
「店に何か?」
「その餃子を食べてみたい」
「なるほどな」
活動終了後、俺たちは五人でそのラーメン屋まで行くことになるのだが、それはまた別の話だ。