今日の長門有希SS

 カレーは元々インドの料理が由来だが、複雑な経緯を経て日本に伝わり、現在ではもう日本独自の料理と言っても差し支えのないものになっている。肉や野菜などを炒めてから煮込み、カレールーを溶かすだけで作ることができる簡単な料理だ。
 もちろんその過程によって製法は様々だ。ルーを使わずカレー粉で作る者もいるだろうし、凝った者なら自分でスパイスを調合するかも知れない。そもそもメーカーによってルーの味も違う。
 具のバリエーションも豊富で、同じ材料を使っても処理の方法が違う。一般的にタマネギが茶色くなるまで炒めるといいとされているが、面倒な時はほとんど炒めず真っ白なまま煮込んでしまうこともある。その逆に、じっくりと何時間も炒める者もいる。
 カレーは単純な製法のわりに作る者のこだわりが多い料理だ。みそ汁のように家庭ごとに味が違うのは、ある意味でみそ汁と似ている。
 ともかく、カレーは日本人にとってなじみ深い料理となっている。辛いのが苦手だとかそういうのはおいといて、カレーそのものが嫌いだと言う者にはあまり会ったことがないような気がする。
 その例に漏れず俺もカレーが嫌いではない。特に好んでカレーばかり食べているわけじゃないが、それなりの頻度で食べている。
 実際、昨日長門の部屋で作った夕飯がカレーだった。俺も長門もカレーの製法やルーにはこだわりがないので、その時によって使うルーや具はまちまちだ。カレーには隠し味としてチョコなどを入れる者もいるが、俺たちは特に入れていない。
「カレールーは開発された時点で既に味のバランスが調和している。新たに何かを入れることはそれを崩すことになりかねない」
 長門の主張がそうだった。長門の言うことは間違っていることが少ないし、その理屈も納得できるものだった。
 ま、長門がそう言わなかったとしても、隠し味に対してポリシーを持っているわけじゃないが。
 特別な作り方をしたわけじゃないが、昨日のカレーはなかなか美味かった。普段からよく食べる長門だが、普段以上に食っていたから俺の気のせいではなかったのだろう。
 何がよかったのかはわからない。選んだルーや野菜の切り方、はたまた火の通し方など味を決める要因は様々なので、全く同じ味を再現するのは難しいだろう。長門なら再現できるかも知れないが。
 ともかく、昨日のカレーは美味かった。カレーを作る時の常として翌日分くらいまで作っているので、今日もまたあれを食うことが出来る。
 しかも、カレーは二日目の方が美味いとよく言われている。つまり昨日よりも今日の方が美味くなる可能性が高いわけだ。
 火にかけたカレー鍋ジュウジュウ。
 炊き立てご飯パカッフワッ。
 ハムッ、ハフハフ、ハフッ!
「くくく」
「ちょっとキョン、顔がキモいわよ」


 というわけで、学校が終わってから長門の部屋に向かっている。今日はハルヒがなかなか解散を言い出さなかったので少々遅くなってしまい、既に空腹だ。
「なあ長門、あのカレーってまだ残ってるよな?」
「ある」
 と、既に残っていることは確認済みだ。こう言う時、大抵「実は長門が全て食べていた」というオチがつくところだが、俺だって学習しているさ。
「あの、ってのは昨日作ったカレーでいいよな。まさか以前買ってあったカレーを差していると思っていたとか言わないよな」
 念を押しておくことにした。
「昨夜のカレーが残っている。朝、火にかけたので悪くはなっていないと思われる」
「焦がしてないよな」
「そのような初歩的なミスはしない」
 ここまで確認しておけば、いざ帰った時に絶望することはありえない。
「ただいま!」
 言いながら部屋に入り、俺はまずキッチンに直行する。
 あそこまで確認した後で、実は喜緑さんが忍び込んで食べていたということもありえなくもない。そう思いながら恐る恐る蓋を開けると、そこにあったのはカレーだった。
 冷えているので表面にうっすらと油脂が固まっているのが見えるが、昨日のカレーに間違いない。
 火を付けようと思ったが、先にご飯を用意するべきだ。冷蔵や冷凍したご飯はないので炊飯する必要があるし、もし残っているものがあったとしても炊きたてのご飯で食いたい気分だ。
長門、まずご飯を炊こう」
「……」
 無言で俺に見せた米びつは、すっかり空になっていた。


 その日の夕飯はカレーうどんになったが、まあそれなりにうまかった。