今日の長門有希SS

 ピー!
 長門と二人で河川敷の公園を歩いていると、どこからか笛のような高い音が聞こえてきた。響いて聞こえてきた音は、出所がどこかわからない。
「あそこ」
 長門が指差す方に顔を向けると、ジャージ姿の中年男性と毛が長く大きめの犬がいた。犬は飼い主らしきその男性の足下に姿勢良く座っている。
 ピー!
 再び音が聞こえると、犬がシャキッと立ち上がった。
「なるほどな、口笛を合図にしているのか」
 一般的には「お座り」や「待て」など言葉が使われているが、ああいうのもあるんだろう。そう言えば人間には聞こえない音の出る犬笛という物があると聞いたこともある。
 すー。
「どうした?」
「音が出ない」
「口笛の吹き方か?」
「そう」
 長門はひょっとこのお面のように唇を突きだし、ふーふーと息を吐いている。
「それじゃ音は出ないぞ」
「あなたは吹ける?」
「まあ、一応な」
 唇の隙間を細くして少し強めに息を吹き出す。
 ピー。
 あの犬の飼い主が吹いていたのに比べると遥かに小さな音だが、一応は音が出ている。
「コツは?」
「あまり唇を出し過ぎない方がいいぞ」
「もう一度」
 長門がじっと見つめてくるので、俺は再び唇を細めて息を吐き出す。
 ピー、ピー。
「途中で音の高さが変わった」
「吹き方で変わるんだ」
 それほど慣れているわけじゃないから、意図した通りの音を出せるわけじゃないけどな。それでも、吹いている途中で少し音を変えるくらいなら出来る。
「やってみろ」
 ふーふー。
「……」
 なかなか音が出ないことが不満なのだろう、長門の視線がじっとりと俺に絡みつく。
「ちょっとベンチに座るか」
「……」
 歩きながらではうまく教えられそうにない。長門の手を引いて、俺たちはベンチに腰掛ける。
「口はこんな感じだ」
 閉じた状態から隙間を空け、少しだけ唇を突き出す。
「……」
 長門は俺の唇をじっくり見つめ同じようにする。
「息を吹いてみろ」
 ぷすー。
 惜しいな。
「そうだ、唇を濡らす方がいいかも知れないな」
「濡らす?」
「そうだ、舐めるとか」
「そう」
 長門は俺の唇をじっくり見つめ――ちゅ。
「濡れた」
 満足げにそう言ってから、長門は唇を細めてぴーと音を鳴らした。