今日の長門有希SS

 カーン!
 キッチンから金属音が響いてきた。今、あちらにいるのはお茶を淹れている長門だけだ。
長門さん、大丈夫!?」
 俺が動くよりも早く反応したのは朝倉だ。弾かれたようにコタツ机から離れ、立ち上がりながら消えていく。
 その手に刃物があったことを俺は見逃さなかった。朝倉のあの反応からすると、何かただならぬ事態が起きていると考えてもいいだろう。
長門!」
 遅れて俺もキッチンに駆け込む。
「……」
 流しの前に立つ長門は黒い小さな何かを持っていた。円筒状だが、その太さは均質ではないように見える。長門の持つ部分が太く、先端が徐々に細くなるが完全に尖るまでは行っていない。
 そして朝倉は長門の足下に屈み込んで銀色の円盤を持っていた。アルバムCDくらいの大きさだが、平らではなく膨らんでいた。
「どうしたんだ?」
「外れた」
 長門は朝倉の持っていた円盤を受け取り、手に持っていた黒い何かをその中心に当てる。
「なんだそれは」
「ヤカンの蓋」
「ああ」
 長門が持っていたのが取っ手で、朝倉が持っていたのがその本体というわけか。
「ネジがどこかに行った」
 言いながら長門は蓋と取っ手をカチカチと鳴らしている。キッチンの床を見回してネジを見つけたので、俺はそれを長門に手渡す。
「……」
 受け取った長門はそのネジを裏から当てて取っ手に取り付けようとするが、取っ手はうまく固定できないようだ。
「取っ手の内側の溝が削れている」
 金属製のネジに対し、取っ手はプラスチック製。そういうこともあるのだろう。
 しかし困ったな。鍋やフライパンと違ってヤカンは蓋をしたまま中身を取り出すことが出来るが、その状態では水を入れられない。蓋を外したままでは熱い蒸気が出てきてヤカンが持てない状態になるだろう。
 今回は使えるかも知れないが、次回以降に困る。鍋やフライパン用なら見たことがあるが、ヤカンの蓋だけって売ってるのか?
「取っ手を取り替えればいいんじゃない?」
 言うと朝倉は、勝手に戸棚をごそごそと探り、最近あまり使っていなかった片手鍋の蓋を取り出す。くるくると回してその蓋から取っ手を外してしまった。
「はい、長門さん。今はこれをくっつければ蓋が使えるから」
「そっちの蓋はどうするんだよ」
「取っ手だけ売ってるの、見たことない?」
「そうなのか」
「そう」
 だったら問題ないか。あの片手鍋はたまにしか使わないし、しばらくはこのままヤカンに付けていてもいい。新しい取っ手を買ってきたら元に戻せばいい。
長門、今度取っ手屋に行こうな」
「わかった」
「いや、取っ手専門店なんてないよ?」


 とまあ、そんなわけでヤカンの蓋が使えるようになり、俺たちは長門の入れたお茶を飲むことにした。