今日の長門有希SS

 涼宮ハルヒは、あまり素行がいい生徒であるとは言えない。学力はトップクラスで運動神経も抜群、その点だけ抜き出せば優等生だと主張することも不可能ではないかも知れないのだが、それ以外が抜群にダメだった。授業中の私語はもちろん、何か思いつけば授業が終わるまで待つことなく教室を抜け出してしまうような奴だ。それでも成績はいいし、そもそも諦められているせいか多少のことでは教師に叱られることもない。
 もしゃもしゃ。
 現在、朝のホームルームの真っ最中。担任の岡部が連絡事項を話しているのだが、俺はその内容が全く頭に入ってこなかった。
「なあ、ハルヒ
 体を回して振り返る。
「……」
 不機嫌であることを隠そうともしない仏頂面。そしてその口からは細長い物が生えている。
 縦に割ったコッペパンに茶色い麺、そして紅ショウガに青のりがまぶされているそれは、誰がどう見ても焼きそばパンに他ならない。
「堂々と早弁するのはどうかと思うぞ」
「うっさいわね」
 口に入っていた部分を食いちぎり、パックのコーヒー牛乳で流し込んでから俺を睨みつけてくる。
二度寝しちゃったから食べる時間がなかったのよ」
「せめてこっそり食え」
 古典的だが、教科書で隠すとかな。
「なんであたしがそんな昭和の漫画みたいなことしなきゃならないのよ。ていうか、ホームルームの真っ最中に教科書持ってる方が怪しいじゃない」
 パンを持ってるより教科書の方がまだましだとは思うが。
「そもそも早弁なんてしてないわよ」
「してるだろ。誰がどう見ても」
「これは朝ご飯だから、むしろ遅弁ね」
「そうかい」
 どうやら、これ以上何を言っても無駄なようだ。溜息が出る。
 ハルヒが食っているのを半ば呆れながら見ていると、ホームルームが終わったらしく岡部が教室から出ていった。携帯で時間を確認すると授業まではそれほど時間が残っていない。
「せめて授業が始まるまえに食い終われよ」
「あんたが邪魔するから時間がかかっちゃってんのよ。黙って見てなさい」
「はいはい」
 残っているのはもう三分の一程度だ。黙ってハルヒが食っているのを見守る。
「ふう」
 ようやく食べ終わったハルヒは、パンを包んでいたラップを丸めてゴミ箱に放り投げる。
「さてと」
 ハルヒは机の中からビニール袋を取り出し、そこからクリームパンを――
「って、まだ食う気かお前は」
「しょっぱい物を食べたら甘い物を食べたくなるでしょ。てか、あんな小さいパン一個じゃ足りないわよ」
 だがもうそろそろ授業が始まる。俺はハルヒの手からさっとそいつを奪い取った。
「次の休み時間に食え」
「……わかったわよ」


キョン、早食いがどうして太るか知ってる?」
「何の話だ」
「人間は、何かを食べてから満腹になるまでタイムラグがあるのよ。二十分とか三十分くらいかしら、とにかく食べた瞬間にお腹一杯になるわけじゃないの。だから、早食いだともう食べなくてもいいはずなのに余計な量を食べちゃうわけ」
 古泉みたいなことを言いだしやがった。
「で、何がいいたいんだ」
「つまり、今はもうそんなに食べたくない気分なのよ。昼は食堂行くし、いらなくなっちゃったわそれ」
 じゃ、とハルヒが教室を出ていってしまい、そこにはクリームパンを持って立ちつくす俺だけが残された。俺だって昼食の弁当はある。どうすりゃいいんだよ。
「ん?」
 どこから視線を感じる。見回してみると、ドアのところに長門が立っていた。
 長門は何か言いたそうにこちらを見ている。
「どうかしたのか?」
「それ」
「ん?」
「余っているなら欲しい」
 長門が見ているのは手元のクリームパンだ。
「いいぞ」
 余らせてしまうくらいなら食いたい奴に食わせるのが一番だ。俺が手渡すと、長門はその場で袋を開けてもぐもぐと食い始める。
 ホームルーム中にパンを食ってる奴も珍しいが、休み時間に廊下で食うのも珍しい。どちらの方が珍しいのかは俺には判断できないが。
「お前も朝飯を食えなかったのか?」
「普通に食べた。おかわりもした」
「そうかい」
 長門がパンを食い終わるのを見守ってから、俺は教室に戻ることにした。